第8話 憂いの聖女3

 メイスは先端に着いている重りによって威力を増す棍棒に近い武器だ。鉄製のそれから繰り出される攻撃は、素手で止められるはずもない。


 だが、遠心力も慣性も働いていない状態なら、やりようがある。俺が狙うのは持ち上げたメイスが、振り下ろされる瞬間だ。


 その時はメイスと所持者が一瞬だけ停止する。そのタイミングで、俺は背後へ回り、メイスの頭部を力いっぱい引っ張った。


「……あ?」


 モーガンは俺に背を向けたまま、呆けた声を漏らす。戦場なら奪った武器で脳天へ一撃を加えているところだが、残念ながらここは戦場ではないし、一撃加えると後々面倒そうなので、何もしない。


「銀等級だからって馬鹿にするなよな。少なくとも街の中で安全に、しかも一般市民相手にイキってる奴よりはよっぽど強いぞ」


 俺はそう言いながら、メイスの尖っていない部分で自分の肩を叩きつつ、アンジェの隣へと戻る。


「て、てめえ、返しやがれ!」

「メイスをか? いいぞ、だけどもう振り回すなよ」


 軽く放って、モーガンに武器を返してやる。


「く、クソッ、覚えておけよ!」

「おい、アンジェに謝れ! ……ってきいてねえな、ありゃ」


 逃げるように去っていくモーガンを見て、俺は呆れてため息をつく。喧嘩を吹っ掛けるなら相手を見てからやれ……って感じだ。


「もういいっすよ、アタシは馴れっ子っすから」

「こういうのはちゃんと怒っとかないと、後々で余計付け上がってくるんだよ」


 諦めたように肩を竦めるアンジェだが、こういう輩は調子づかせると、時々とんでもない事をするため、こちら側から一定のラインを敷かなければならない。


「あ、あのっ」


 追い打ちをかけておくかどうか考えていると、もう一人いた衛兵が声を掛けてきた。


「私の上司が不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした!」


 上司と違って、こいつは俺たちの考えに近いようだ。俺は警戒を解いて、彼に向き直った。


「いやいや、アタシは大丈夫、ニル兄もみんなも大げさだって」


 アンジェは笑っているが、パーティを組んでいた頃、人知れず落ち込んでいるのを知っていた。


 だから俺は、ちょっと労ってやりたくなって、アンジェの頭を撫でてやった。


「ちょ、ニル兄!?」

「いや、そう言ってもらってありがたい」


 恥ずかしそうに慌てるアンジェに軽く笑みを返すと、彼女は目を伏せて逸らす。かわいいやつめ。


「僕も小さい頃、混血(クロス)の人に良くしてもらってたんで、じいちゃん――あ、血は繋がってないんですけどね、彼の事を思うと、兵士長の態度はちょっとなあって……」


 こんな意見が出るのは、エルキ共和国ならではだろう。実力主義のアバル帝国や、教皇庁の影響が強いオース皇国では、そうはいかない。


「あの、わたしからも、いいですか?」


 和やかな雰囲気になったところで、沈黙を貫いていた聖女様が口を開いた。

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