第二部 悲嘆が罪というのなら、私は神にすら弓を引く
第一章
第1話 碧落の下、開拓進捗
村を回ると、色々なものが目に入る。
野盗や魔物の襲撃に備える物見やぐら。
教会の隣に作られた小さな市場。
そして、すぐそばで跳ねる小さな影。
「ニル兄! 今日は何を探してるっすか!?」
「ただ見回ってるだけだ」
周囲を上機嫌に飛び跳ねながら付きまとっているのは、元パーティメンバーのアンジェだった。
「えぇー、お洒落なアクセとか、そういうのは買わないんっすか?」
「そんな色気のある物、買ってもしょうがないだろ」
アクセサリーと聞いて、左目に巻かれた眼帯を少し意識する。
これはただの眼帯ではなく、遺物(レリック)という魔道具だった。
世界中に散らばり、十二に分けられた神の欠片。それが遺物であり、それぞれが強力な力を有している。
例えば、この眼帯――魔眼(サリエル)には、欠損した視力を補う能力は当然として、他にも様々な能力がある。
ただ、問題としては魔物から取りかえす際の戦いで、力を使い果たしてしまっていて、視力の補強にしか使えていないのだ。
「はぁー……最近平和なんで、そういう所にお金使っていくのかと思ったら……相変わらずの質素ライフっすか」
「有事の際、使える金と物は残しておきたいからな」
市場の青果店で果実を二つ買い、片方をアンジェに渡しながら俺は答える。
「これで我慢しておけ」
「むぅ……」
不満げなアンジェに気付かないふりをしつつ、俺は果実をかじる。甘く、ほんの少しの酸味が効いた味が口の中に広がった。
ようやく夏が訪れ、額に汗が滲むような日が続いている。作物のうち、育ちの速いものはそろそろ実をつけはじめている。この果実は通商路経由で入ってきたものだったが、涼しくなるころには、この村で作った作物で食事をとる事も出来るだろう。
「おおニール、丁度いいところに」
二人で果実をかじりながら市場を抜け、教会の前を通ると、丁度ガロア神父が出てきたところだった。
「ちーっすガロおじ」
「ガロア神父、どうかしたか?」
妙に馴れ馴れしいアンジェは置いておいて、俺は彼に向き直る。表情からして何か重大な問題が起きたわけでもなさそうだが、俺に用があるという事は、なにか魔物の討伐か何かだろうか?
「そう構えんでくれ、少し遠出してもらうだけだよ」
遠出というと、この近辺に無いのは火山と海、塩か硫黄の調達、あるいはギルドへの依頼という可能性もあるな。
「聖女様がエルキ共和国の首都、ルクサスブルグに近々いらっしゃるらしいのだ。遺物の持ち主として挨拶に向かって欲しい」
「なんだ、そんな事か」
身構えたのが馬鹿馬鹿しくなるほど単純な依頼に、俺は肩透かしを食らった。
「その後、聖女様と同行してそのまま教皇に謁見するといい。遺物の管理をしているのは教会だからな」
「教皇か……」
正直なところ、めんどくさいという気持ちもある。だが「挨拶とか面倒なんで、良い感じになあなあでヨロシクー」とか言ったら教皇軍に追われかねない。やめておいたほうが良いだろう。
「わかった。準備を終えたらすぐに行こう」
「アタシも行くっすよ!」
手を高々と上げてアンジェは宣言する。
「遊びに行くわけじゃないからつまらんぞ」
「遊びに行くわけじゃなくても遊んじゃいけないなんて事は無いっすよね?」
まあ、そうなんだが。
「ここからルクサスブルグまでの路銀は渡してやろう。ルクサスブルグから先は、書状を書いてやるからそれを聖女様に渡せばどうにかなるはずだ」
そういうわけで、俺とアンジェはルクサスブルグへ向かう事になった。
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