第53話 覚悟完了

「こちらに向かっていた二体は処理したが、斥候が居なくなったことで相手は俺たちの存在を知覚する。サーシャが戻った時点で攻め入るか撤退するかを決めるぞ」


 小声でそう宣言して、周囲に気を配る。その場にいる全員が、声を出さずに首を縦に振る。


 魔力収束炉のおかげで、クールタイムは既に終わっている。今では呼吸を整える程度の時間で、加速を連続使用できるようになっていた。


「アンジェ、魔物側が気づいた素振りを見せたら伝えろ、処理して時間を稼ぐ」

「了解っす」


 まだ日は高く、姿勢を低くしているとはいえ、いつ見つかってもおかしくない状況だ。冬の名残もなくなり、夏が近づきつつある今は、日照時間も長い。どう時間を稼いだとしても、この状況から夜間の襲撃は不可能だ。


 恐らくあの村に居座っている開拓者は、半年以上前の敗北を忘れていない。今のペースで防衛する魔物を増やされると、間違いなく手の負えない規模にまで拡大する。


 ということは、サーシャの報告によって、俺たちが撤退を選ぶと、遺物は魔物側に堕ちる事となる。ある程度、無理をすること前提で臨まなくてはならないか。


「敵戦力は大鬼が五体、他には小鬼とか豚鬼の混成部隊ね、ただ、かなり数が多いから注意して」


 そうこうしているうちに、サーシャが偵察から帰ってくる。音もなく俺の隣に降り立つと、淡々と相手の戦力を教えてくれる。


「……やはり、浮眼球(フロートアイ)は居ないか」

「ええ、遺物は開拓者の手にあると考えていいと思う」


――浮眼球

 魔法の素養があり、索敵に特化した空飛ぶ目玉の魔物だ。


 それが居ないという事は、それを配置する必要が無いという事……つまり、そのほかの手段で探査眼を感知して、対抗魔法を放ったことになる。


「……行くか」


 正直なところ、大鬼はともかく遺物を手にした開拓者は実力があまりにも未知数だ。可能ならば傭兵ギルドで討伐隊を組みたいところだが、そうも言っていられない。


「で、でもニル兄、大鬼五体に遺物持ちの開拓者って……」

「今、既に探査眼のせいで警戒心が高くなっている。ここで撤退して防衛戦力を整えられると、俺たちとしては『詰み』だ。傭兵ギルドや帝国騎士団の管轄になり、遺物はそちらの管理になる」


 最悪、そうなっても……とは思うものの、ガロア神父が守ろうとした物で、そのうえ俺の左目をカバーできる物だ。傭兵や騎士団に頼るのは、本当に最後の最後にしたい。


「分かったっす。このアンジェ、腹をくくるっす」

「ありがとう。他のみんなも、かなり辛い戦いになるが、覚悟を決めろ」


 力を貸してくれるか? なんて中途半端な物言いはしなかった。なぜなら、断られたら作戦が瓦解する。ここまで来た時点で、何をするにも全員一緒に行動することが、前提だった。


「大丈夫、ニールと一緒なら、モニカは頑張れる」

「当然でしょ? 今までも危ない橋を渡ってきたじゃない」


 モニカとサーシャは当然という風に頷いてくれる。俺は一人黙っているガロア神父を見た。


「……ああ、分かったよ、私も神職だ。魔物の手に遺物があって、今取り戻せる希望があるなら、この命、賭けるのも悪くない」


 全員の覚悟を確認し、俺は魔力収束炉をしっかりと構えた。


「よし、じゃあ……行くぞ」

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