第49話 時空の裂け目と二人の力

 

 詩乃は自分の身体の中で、暖かい力が循環し、その力が次第に増幅されていくのを感じていた。

 この力を次元の裂け目に向けて一気に放ち、瘴気の流入口を塞ぐ。


「いきます!!」


 叫んだ詩乃は、前方五メートルほどのところに開いている裂け目に向かって、練り上げた魔力を一気に放った。


 バキバキバキバキ


 捻れた空間をこじ開けるように、詩乃の手のひらから紫の光が一直線に伸び、そして到達した。

 斜めに開いた裂け目と詩乃の魔力の帯がぶつかり、激しい光を放つ。


「……くぅ」


 詩乃はファスナーを閉めるように、空間の裂け目を閉じようとする。


「おお」


 思わず歓声をあげる誠治。

 裂け目は詩乃の力で、左上から右下に向かって少しずつ閉じられてゆく。

 だが…………


「お、重い……!」


 三分の一ほど閉じたところで、詩乃は強い力で押し留められるのを感じた。

 まるで雪崩を一人で支えようとしているかのようだ。


「お願い、閉まって!!」


 詩乃は意識が飛びそうになるのをこらえ、限界まで魔力を振り絞り、空間閉鎖を試みる。

 更に一段と裂け目が閉じられ、ついに半分あたりまで閉じることに成功した。


 だが、そこまでだった。

 力の限界に達し、じわじわと押し返される。


 詩乃の顔が歪む。

 このまま力を抜けば、一気に空間の歪みに巻き込まれ、潰されてしまう。本能がそう叫んでいた。


「お、おじさまっ! 助けておじさまぁっ!!!」





 詩乃の絶叫に、誠治は彼女を背後から抱きかかえようと腕を伸ばす。

 二人の体が触れ合った。

 その時……


 二人の間を、ごう、と力の奔流が駆け抜けた。


「「?!」」


 驚き、戸惑う二人。

 誠治が詩乃を背後から抱きしめる格好のまま、二人は固まっていた。


 詩乃の両手から放たれる星詠みの魔力が、瞬く間に力を増し、白く輝きながら空間の裂け目に殺到する。


「これは……?!」


 誠治は、銃に魔力を充填する時のように、自分の中の魔力が詩乃に流れ込むのを感じていた。


「おじさまの魔力が、私の中に入ってきます……!」


 詩乃は顔を朱く染め、どこか恍惚としたように呟く。


 誠治から注ぎ込まれる魔力は詩乃の身体中を駆け巡り、詩乃の魔力と混じり合い、力の奔流となって両手の平から放出されていた。


「詩乃ちゃん。これ、いけるんじゃないか?」


 誠治に促され、詩乃は空間の裂け目を観察する。

 一時は完全に開きかけていた裂け目は、再び半分まで閉じられていた。


「……はい。いけると思います。おじさま、もう少しだけもらう魔力を増やしても大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ。まだ全然余裕がある」


 そう言うと誠治は、詩乃に注ぎ込む魔力を増やす。


「あぅううっ!?」


 誠治から一段と魔力を注ぎ込まれ、身体中を駆け巡る力に、思わず声をあげる詩乃。


「大丈夫か?!」


「だ、大丈夫ですっ」


 詩乃は一段と顔を赤くして答えると、誠治の力に自分の魔力を合わせ、再度、空間の裂け目を閉じるべく、放出する魔力の制御に集中した。


 二人の魔力は一層輝きを増し、一気に裂け目に殺到する。


「はぁああああああああ!!」


 詩乃の叫び声が辺りに響いた。


 バキバキバキ……バキン!


 割れるような音を立てて開口部が閉じられていき、最後に周辺の空間を波立たせると、ついに裂け目は完全に閉じられた。





「はぁ、はぁ、はぁ……」


 詩乃はしばらく呼吸を荒くしていたが、間も無く落ち着くと、辺りに静寂が戻った。

 同時に力が抜け、背後の誠治によりかかるようにして、二人で尻餅をつく。


「詩乃ちゃん、大分無理させちゃったけど、大丈夫かい?」


「…………はい。おじさまのおかげで、なんとか裂け目を閉じることができました」


 誠治の腕の中で、詩乃は俯きながら頰を上気させて言葉を返す。


「いや、そうじゃなく、体調とかさ。僕の魔力、相当流れ込んじゃったでしょ?」


「ええと、大丈夫そうです。…………まだちょっと体が火照ってますけど。調子は悪くないです」


「そうか。良かった、安心したよ」


「私、みんなの役に立てましたか?」


「ああ、もちろん! 本当によく頑張ったね」


 誠治は目の前の頭を優しく撫でる。


「はいっ。頑張りました!」


 ふん! と力強く頷き、肩越しに見上げてきた詩乃と目を合わせ、くすくす笑い合う。


「…………」


「…………」


 二人はそのまま、しばらく互いの体温を感じ合う。


「…………ええと」


「なんですか?」


「そろそろ、皆のところに……」


「ヤです」


 笑顔で即答する詩乃。


「いやいや。皆、心配してると……」


「イヤです」


 更に被せるように、ニコニコと宣言する詩乃。


「嫌って……なんで?!」


 何か不穏な感じがして、誠治は内心で狼狽えた。


 状況をおさらいする。

 誠治は尻餅をついて地面に座り込み、両手を後ろに伸ばして地につけ、体を支えている。

 そして膝の上……というより股間の上に、詩乃が背中を向けた状態で腰を下ろしている。


 間違っても、思春期の女の子が維持したい体勢ではないはずなのだ。

 いや、思春期の青少年の心理など、誠治にはさっぱり分からないが。


 誠治がどうしたものか、と固まっていると、詩乃は彼に体重をかけたまま体を捻り、半身で誠治に寄りかかり胸元に頭を預けてきた。


 そして、頰を上気させ上目遣いで囁く。


「頑張ったごほうびを下さい。そしたら、考えてあげます」


 熱い吐息が顔にかかる。

 いつもは可憐な少女が、今はとてつもなく妖艶な色気を纏っていた。


(ご、ごほうび?! ご褒美って何???!!!)


 誠治は更に後ろに仰け反り、そして……


「えいっ♡」


 そのまま詩乃に押し倒された。





「ちょ、……詩乃ちゃん?!」


 詩乃の顔が目の前にあった。


 美少女である。

 暗い顔をしていなければ、文句なしの和風美少女である。


 その美少女が今、誠治の上に馬乗りになっていた。

 彼は年甲斐もなく、自らが昂ぶるのを感じる。それも年齢など関係ないと思える程に。


「おじさまの魔力が体に入ってきた時、とても熱かったです。私の魔力とおじさまの魔力が合わさって、私の中で渦をまいて……。さっきかなり放出しましたけど、まだ私の中に残ってるんですよ? そのせいで、私おさまらなくて…………」


「ちょ、詩乃ちゃん、待った! さすがにまずいって!!」


 誠治はわずかに残った理性で、抵抗を試みる。

 だが詩乃は、朱くなった顔に微笑を浮かべ、ずい、と誠治に迫って来た。


「……何がまずいんですか? まずいって言うなら、私の身体の方がまずいです」


 詩乃の顔が一段と近づき、そして


「……二人とも、何してるの?」


 頭上から、聞き覚えのある無表情な声が聞こえた。


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