第35話 ここからが本番です!

 青き剛力の巨人の戦いに対する姿勢は、登場時から少しも変わっていない。好奇心に溢れ、子供のように純粋な戦意をみなぎらせる、まっすぐな戦士だ。

 だがしかし、今はどこか違う気がする。まるで自身の気配を隠して近づき、ついにその鋭利なる牙を見せつける餓狼のようだ。


「はぁぁ…………」


 溢れ出る闘気は静かながら途方もなく大きく、冷え切った戦場の空気をその余熱で沸き立つ。まさに獣のような鋭い眼光が僕を貫き、その双眸に不釣り合いなほど綺麗な三日月が、彼の口元に浮かぶ。その衝撃は感覚の壁を越えて全身を打ちつけ、心なしか身体の激痛が増した気さえする。その姿たるやまさに修羅、もしくは羅刹。


「——この得物、名を勝鬨(かちどき)という」

「……へぇ、それは随分と大層な名前だな。殺る前から勝ったつもりかよ」

「あぁそうだ。我はこれを抜いた戦に、負けたことがない」


 自信に満ちた一言。その言葉に嘘は一切感じられない。正真正銘、ガンドレッドは本気の本気というわけだ。さっきまでとは、纏うオーラがまるで違う。

 さっきまでが悪かったんじゃない。さっき以上に強く、恐ろしく感じる。


『これが……本物の戦士……』


 やっぱり、僕が作る作品はまだまだ出来損ないだったんだ。今までいくつもバトル作品を書いてきたけど、これほどまでオーラのあるキャラは描けたことがない。

 彼より強い設定を持つキャラはいくらでも生み出せる。でもそれはあくまで設定だ。言うだけならタダなんだ。本当に強いキャラクターというのは、設定なんて関係なく「強い」と思わせる、言語に変換できない魅力があるものなんだ。


『まさか……こんな形で教わるなんて……』


 くそ……今こんなタイミングでナイーブになっちゃダメだっていうのに……


「さぁそなたも剣を抜け。あれほど渇望していた武器を手に取ったのだ。よほど優れものなのだろう?」

「そりゃあそうさ。俺はこいつと戦ってきたんだ」


 と言っても、それを振るう人間自身が、ボロボロにもほどがあるくらいなんだけどねぇ……。


「さぁ、共に刃を交えようぞ。文字通りの死闘を期待する」

「は、はは……本当に戦闘狂だなぁ……やってやるぜ」


 ガンドレッドが勝鬨を握り、一歩、また一歩とこちらに進んでくる。とんでもない迫力だ。ハリウッドの名シーンとかに似たようなのありそう。

 ……やっぱりこんなキャラ、生み出さなくて正解だったよ。


「俺は……僕は、必ず勝つ!」


 ——たとえここで死んでも、僕自身の手でハイム達の命を奪うことはならないから。


——————————————————————————————————————


「あの人達……大丈夫だよね? 絶対返ってくるよね?」

「わからないわ……わからない」


 戦場を離れ、体力のある限り走り切った末に辿り着いた平野。看護兵の人達は、本陣以外の地域に向かい、生存者を探しに行った。私は万が一に備え、連れの彼女を守るべくこの場にとどまっている。流石は最前線の看護兵。本当に勇敢だと思う。


「はぁぁぁもう心配で仕方ないよ! 私やっぱり追いかけ——」

「——ダメ! いいから大人しくここにいるの! 自分の立場を理解して!」

「え? もしかして今、ローゼちゃんが私を心配してくれた!? あのローゼちゃんが!? えぇどうしよう! 絶対にまだ感動場面じゃないのに感動が止まらないよ!」


 なんだろう……どうして彼女のテンションはこんなにも軽いのかしら? まるで自分だけ絶対に何も起こらないみたいなスタンス……肝が据わり過ぎているだけなのか、それとも楽観主義の極みみたいな性格してるのかな……。


「あなた、もしかして兵士の素質あるかも……」

「え⁉ 私が兵士!? いやいやいややめてよぉ! そんな冗談やめてよ~。こういう緊迫した状況で、私の気持ちを軽くしようとしてるのはわかるけどさぁ~」


 ……やっぱり軽い。ま、まぁそれは今関係ないか。


「い、今のは忘れて。そ、それよりも……あ、あの……」

「ん? どうしたのどうしたの? 今度はどうやって私を助けようとしてくれるの?」


 ちゃんと、言わなきゃ。


「あ、あ……ありがとう……」

「……え?」


 そういう反応されるのはわかり切っていた。でも、これはちゃんと言わないと絶対にダメ。私がこのままじゃ……前に進めなくなる。


「あの時……あなたが教えてくれなかったら、私、ハイムに何もしてあげられなかった……」

「……ローゼちゃん…………」


 さっきまでのハイテンションとは打って変わって、神妙な面持ちでこっちを見る彼女。その聞き耳はしっかりと私に向けられ、真剣に話を聞こうとしてくれている。

 これなら、しっかり話せそうだ。


「ハイムが傷ついているのに、私は私の気持ちを抑えることで精一杯だった。ハイムの気持ちを繋げるために、何でもいいから言葉をかけなきゃいけない状況だったのに……自分の罪悪感と戦ってばかりだった」

「そ、そんな! ローゼちゃんが私に対して感謝なんて、する必要ないよ! それほど偉いこと全然してないし!」

「いえ、私は弱かった。あの場に限っては間違いなく。でも……あなたがいてくれたから、私はハイムに言葉をかけることができた。あなたのおかげで、私は自分を保てた。だから……ありがとう」


 まっすぐに彼女の目を見て、しっかり体勢を彼女の方に向けて、心からの感謝を贈る。彼女がハイムや私に対して、まっすぐ気持ちを向けてくれたように。


「…………」

「…………」


 沈黙。ただただ沈黙。何よこの間は。さっきみたいに元気に返してよ。私が白けたみたいじゃないこんなの! そんなに口をぽかんと開けて固まらないで!


「……ね、ねぇちゃんと聞いて——」

「——可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 って、急に抱き着かないでよ! 本当にリアクションがピーキーなんだから!


「何々! 何よもう! 離れてってば!」

「本当に可愛い! もう最っ高! 誰がどう見ても世界最高峰のヒロインよねローゼちゃんは! こんなキャラを生み出せる浩平君の頭はどうなってるんだろー! ほんの少しでいいから見せて欲しい!」

「うるっさい! いいから! 離して!」


 私は彼女を傷つけぬよう、しかしそれなりの力で引き剥がす。あーやっぱりこの人苦手、あと一歩で嫌いになりそう。もう片足突っ込んでる。


「あぁもう! そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに~」

「恥ずかしいんじゃないから! それよりあなた、さっきから誰のことを——」

「——ねぇさ、そろそろ私のこと名前で呼んでくれてもいいんじゃないの?」


 突然、彼女はまた落ち着いた雰囲気を取り戻し、こちらに問いかけてくる。


「こ、今度は何よ。急に」

「ねぇねぇ、いいでしょ~? 私、ローゼちゃんともっと仲良くなりたい!」

「え、えぇ? う、う~ん……」


 テンションスイッチの切り替えの速さに再び驚きながらも、私は考えた。

 ま、まぁ? 恩を感じてるのは事実だし? どのみち「あなた」呼びはずっとは続けられないと思ってたから? せ、せっかくなら……この機会に……


「じゃ、じゃあ……は、はは……はら——」

「——原田芽亜! 芽亜って呼んでいいよ!」

「もう、邪魔しないで! め、めめ、めめめ……」


 羞恥心の壁をなんとか乗り越えて、私は彼女の名を告げる。

 ——その直前だった。


「————」


 大地を壊し、空に漂う雲を震わせる、巨大過ぎる衝撃が、戦場の中央に轟いたのは。


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作者です。就職活動が忙しいので、またしばらく止まります。ほんじゃ

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マウント転移 ~自作の世界でマウントとってやる!~ タンボ @TANBOtonbo

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