王都商業ギルドその1

「君がランスか?」

「そうだけど」

「サルエン男爵の使いの者だ。商業ギルドには話を通しているので、今から行こう」

 今から?もう夕方になりそうだから、宿屋でゆっくりしたいんだけど。冒険者ギルドでさんざんやってきたから疲れてる。

「明日にならないの?疲れてて」

「馬車を待たせてある。行こう」

 無理矢理に手を引かれて、馬車に乗せられる。ゴトゴトと揺られながら道を進んでいく。グッタリと体を預けて、イスの隅に座っている。


 夕暮れが空を覆って、目の前で街灯が灯る。道はもう暗くなりつつある。建物が影を作っている。箱と斜め上に口の縛った袋が入っている看板を見つける。その建物の中に入っていく。

「宰相様に紹介をしていただいた、サルエン男爵の使いである」

 僕のお腹が鳴る。夕方だし、ご飯食べたいな。お腹が空いたよ。朝から何も食べていないから、何か食べたい。

「先触れの方でしょうか?ご面会の予定はありませんが、どなたとお会いになるのでしょうか?」

 何か書かれた紙を数枚確認しながら、使いのおっちゃんに聞いている。

「予定などとっておらん。いいからギルド長に話を通せ。これが紹介状だ」

「宰相殿とサルエン男爵殿からの紹介状ですね、確かにお預かりいたします。急なことで確認がとれておりませんので、しばらくお待ちください」

 受付の髪の毛を頭の上でくるっとしたお姉さんは、紹介状を持って廊下の奥へと消えていった。壁に沿って長いすがあるのを見つけて、かどっこにもたれて座る。

 お腹が空いて、たまに鳴る。何か持っていないかなと、鞄の中を探ってみる。パンが出てきたので、かまわずに食べ始めた。固いので食べづらい。たまに水を出して飲みながら、食べていく。

 戻ってきたお姉さんが目を大きく開いて、僕のことを見つめる。そのまま動かないので、何かおかしいことをしている?パンかな?食べかけのパンを鞄にしまう。

 しばらくしてから廊下の奥から人がやってきた。

「ギルド長がお話をするそうです。こちらにどうぞ」

「やっときたか」

 鼻息でフンフンと聞こえる。体を起こして、ついて行こう。廊下を奥へと案内されると、ギルド長の部屋に通される。長いソファが机を挟んで両側に置いてあって、その奥の小さいソファにおばあちゃんが座っている。使いのおっちゃんは、すぐにソファに座ってしまう。

 僕は入り口で止まっている。何かの結界をくぐったから、大丈夫だろうかとキョロキョロしていた。

「防音用の結界だから安心していいよ。おまえさんがランスだね。さあ、お座り」

 おばあちゃんに声をかけられ、使いのおっさんとは反対にあるソファに座る。

「私は商業ギルド長シーラ。紹介にはすばらしい硝子細工を作れるとあるんだがね。見せてもらうことは出来るかね?もちろん、作るのに時間がかかるというのなら、待つことも出来る」

「別の部屋に移動してもいい?」

「案内しておあげ」

 案内してくれた男の人と一緒に出て、隣の部屋に入る。

「お兄さんは秘密は守ってくれる?」

「秘密にもよる。誰に秘密にしたいか。それによって、出来る出来ないは判断するよ」

「商業ギルドで秘密にしてくれればいいんだけど。特にあの使いって人はいい感じがしないから、絶対に秘密にして」

「商業ギルド員になるなら、ギルド員の秘密は必ず守る」

「ギルド員にはなるつもりでいたから、先に入会した方がいい?」

 なってくれるなら大丈夫だと言ってもらったので、目の前でギザギザクリスタルを作り出す。

「何個ぐらいいる?」

「え?作り出したのか?魔法で?」

「そうだけど」

「消えないのか?」

「消そうとすれば、消えるけど。何もしないと消えない」

 男の人は天井を見て唸っている。

「2つでいいよ。細かいことやどうすれば高く売るかはギルド長と話し合おう。これはマジックバックに入っていたことにするから、使いの男は分からないはずだ」

 分かったと返事をしてギルド長の部屋に戻る。いつの間にかお茶が用意されていて、いい香りがする。僕と男の人がそれぞれ机の上に置くと、ギルド長は素早く手にとっていた。

「高透明の硝子細工!しかも曇りも透明度の不均一さもない。細工の加工技術が分からないぐらい精巧。素晴らしい。宰相殿が手放しで褒め讃えてたのが、いまいち分からなかったのに、現物を目の前にして腑に落ちた」

 ひとつひとつ丁寧に細部までじっくりと見ている。どこから取り出したから分からない白い手袋をいつの間にかしていた。

「ランス君、紅茶でも飲んで。冷めてしまうよ」

 まだ湯気の立つお茶に口をつける。温かさが心地よかった。落ち着いていく。

「これなら、いい値がつけられそうだよ」

「それで男爵は3割ぐらいはもらえるはずだな?」

「3割?これを作るのにどのくらいの投資と時間をかけた?それはちゃんと育成をしたもんがいうならいいけどね。情報によるとランスがいきなり持ってきたと聞いているよ。していないだろう。販路も輸送も何もせず、図々しいにもほどがあるよ。手紙には商業ギルドには加入もしないときたもんだ。出せてそうだね、1割。5分で十分じゃないか?何もせず、もらえるんだから。イヤなら自分で販売から輸送、交渉まで全部すればいいじゃないか。それなら商業ギルドに加入しなくても出来るんだからね」

 ギルド長はまくし立てて使いの男に言い放つ。

「宰相様が3割はどうにかもらえるだろうと」

「それはさっきも言っただろう。この素晴らしい細工を作る職人を時間をかけて、お金をかけて育てたというのならだよ。宰相殿は育成にだいぶお金がかかっているだろうとして、そうおっしゃったんだよ。この手紙にもそう書いてある。お金だけ持ち逃げだよ?恥ずかしげもなく、聞いてあきれるね。本来なら、紹介だけして税金だけで満足するべきなんだけね。こっちは妥協して5分の提案をしているんだよ。イヤなら、別の手段で売るんだね」

 お茶がおいしい。

「しかし」

「なら、男爵殿が直接交渉に来てもらうしかないね。今度は予定の調整から、先触れまできちんと正式な手段をとって、交渉してもらおうかね」

「わかった、5分で手を打つ」

 まくし立てて使いの男は書類を渡され、どんよりとして部屋を出ていった。

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