第291話 来訪者の裏事情(4)

 根回し? 意図の読めない私達に、トーマス様は、


「元々、王家とファインバーグ侯爵家の縁談はオリヴァー殿下の発案なんですよ」


 ……どういうことだろう?


「お二人の結婚はベルナティア様が侯爵位を継ぐ条件だと伺っていますが?」


 確認する私に彼は頷く。


「そう。この結婚はファインバーグ家が権力を持ちすぎないための王家からの監視と牽制と言われています。だから王位継承権のない病弱な王子を押し付けたと」


 神妙な顔でしんと静まり返る居間を見回し――


「……表向きはね」


 ――補佐官はニヤリと口角を上げた。


「でも実際のところ、今回の結婚はファインバーグ家にとっては利益しかないんですよね」


「というと?」


 ゼラルドさんの合いの手にトーマス様は続ける。


「オリヴァー殿下は王妃様の末っ子で、あんな性格だから三人の側室方とも仲が良い。早々に王位継承権を返上したお陰で兄弟姉妹との無用の権力争いを避け、その潔さから周囲の評判を上げました」


 チーズを齧りながら、


「そしてずっと王城に居るから、大臣から出入りの業者まで城で働く者全てに顔が利く。彼が知らない王宮スキャンダルはないんじゃないかな? どの部署にもフリーパスで入れるから秘密文書も読み放題だし。とにかく信じられないほどの情報と人脈を持っているんですよ、あの人。王位継承権が無くても王国での彼の重要度は変わらない。里帰りとしていつでも王城に顔を出せますしね」


 私は妖精のように愛らしく人当たりの良いオリヴァー殿下の姿を思い出す。……うん、誰でも警戒心ゼロで懐に招き入れそうだ。


「今回のベルナティア総長の侯爵位継承だって、承認を渋る旧体制派を王妃様経由で手を回して可決させたのは殿下ですし、その過程でファインバーグ家への抑止力と称して降婿を提案したのはオリヴァー殿下本人です」


 そしてその案を国王陛下が採用した、と。

 ……なんか、ベルナティア様から聞いた話と外殻は同じなんだけど、中身が全然違う。

 オリヴァー殿下と結婚しなければベルナティア様は侯爵になれなかった。

 それは揺るぎのない事実なのだけど、結婚が決まる前からオリヴァー殿下はベルナティア様の侯爵位継承を後押ししていた? いや、もしかしたら……。


「しかし、何故オリヴァー殿下はそこまでファインバーグ閣下に肩入れを?」


「オリヴァー殿下はたまに騎士学校に聴講に来てたんだけど、その時、俺にこう言っていたんだ」


 怪訝そうに尋ねるゼラルドさんに、トーマス様は意味深に笑う。


「『ベルナティアっていつも一生懸命で素敵だね。彼女に愛される人はきっと幸せだろうな』って」


 …………。

 私はテーブルに突っ伏したい衝動を必死で抑えた。


『人生は短いんだよ。欲しい物は死ぬ気で手に入れないと後悔するよ』


 オリヴァー殿下の声が耳に蘇る。

 ……そういうことですか。

 つまりオリヴァー殿下は、んだ。

 いつから? 騎士学校で? いや、ベルナティア様は前近衛騎士団総長の娘だから、もっと以前から王城で知り合う機会はあっただろう。

 どこかで彼女と出会った彼は、彼女と自分の夢を叶える為に最大限の努力をした。

 ――それを『愛』とか『恋』とかいう感情以外にどう表現できるだろう?

 表向きはありふれた政略結婚。でも、裏返すと違う形が見えてくる。


「今回、殿下がこの屋敷に自ら足を運んだのだって、両家の顔繋ぎの為ですよ。ファインバーグ家は王都を拠点にしているので地方への影響力が弱い。一方ガスターギュ閣下は国境周辺の貴族から絶大な支持がある。仲良くしておくに越したことはない」


 多分、私が夜会でオリヴァー殿下を助けたのも、ベルナティア様が尋ねて来たのも偶然。でも王子はそれを最大限に利用しに来た。全てはファインバーグ家の……ベルナティア様の地位を安定させる為に。だからか。

 そういえば、シュヴァルツ様もオリヴァー殿下に王城で親切にされたと言っていたけど……、打算があったかもと知って気を悪くしていないかしら?

 ちらりと横目で確認すると、


ファインバーグ家を護る為にあらゆる策を講じるのは指揮官として正しい在り方だな」


 激しく共感してました。

 出会いの認識や想いの比重が違っても、オリヴァー殿下とベルナティア様が現在幸せで愛し合っている事実は変わらない。

 オリヴァー殿下は宣言通り、持てる力の限りを尽くし想い人ベルナティア様を手に入れた。


「いやはや、見事に外堀を埋める手腕。我が主にも実践して頂きたいものです」


 家令の締めの言葉に、私は今度こそテーブルに突っ伏した。


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