第290話 来訪者の裏事情(3)

 夕食の片付けが終わると、ガスターギュ家の使用人の本日の業務はおしまい。

 アレックスは早々に自室に引っ込み、私は就寝の挨拶がてら居間のシュヴァルツ様にデザートをお届けに行く。ゼラルドさんは書斎で本を捲っていることもあれば、シュヴァルツ様と果実酒を酌み交わしている時もある。それが我が家の日課なのだけど……。

 今夜はちょっと違いました。


「失礼します」


 シルバートレイを手に居間に入ると、そこには長椅子で寛ぐシュヴァルツ様と、それぞれ一人掛けのソファに座っているトーマス様とゼラルドさん。三人の手には銅のタンブラー。夕食後、男性陣は部屋を移して飲み直していました。だから私がお持ちした物も、いつもの甘いお菓子ではなくチーズとピクルスと塩味のクラッカーの盛り合わせだ。


「ありがとー! ミシェルさん」


 さっそくおつまみのプレートに手を伸ばすトーマス様に、シュヴァルツ様は呆れたため息をつく。


「お前はいつまで居座る気だ?」


「適当なところで引き上げますから、お気遣いなく。あ、何なら泊まっていきましょうか?」


「泊まらせん。ミシェル、玄関に箒を逆さに立てておけ」


 それって訪問客が早く帰るおまじないですよね?

 因みに、ガスターギュ邸には客室が数部屋あって、急なお客様に対応出来るよう掃除も行き届いているけど……余計なことは言わないでおきます。


「ミシェルさんもこっちで飲みましょう。今日はいきなりの大物登場で疲れたでしょう?」


「いえ、それほどでは……」


 手招きするトーマス様に私は曖昧に笑う。確かに、ベルナティア様の時も驚きましたが、オリヴァー殿下の来訪には更に驚愕しました。


「連れてきたお前が言うな」


「俺が殿下の命令に逆らえるわけないでしょー?」


 シュヴァルツ様のツッコミにトーマス様は飄々と返す。私はなんとなく近くのスツールに腰掛けて、彼らの会話に加わる。


「しかしながら、王家の方と繋がりが出来たのはガスターギュ家にとって名誉なこと。ファインバーグ閣下とミシェル殿が知り合った偶然が、ガスターギュ家に大きな縁を運んできましたな」


 口髭を震わせて熱く語るゼラルドさんに、トーマス様は苦笑しながら、


「まあ、きっかけは偶然でも、その後の行動は計算尽くだと思いますけどね」


 ……え?

 何気ない口調の彼に、私達の視線が集まる。補佐官は果実酒で濡れた唇を悪戯っぽく舌で拭った。


「今日、オリヴァー殿下がこの屋敷に来たのは、根回しの一環なのですよ」

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