第289話 来訪者の裏事情(2)

 淡白な魚に甘酸っぱいマリネ液がよく馴染む。細切りの玉ねぎや人参、パプリカと一緒に口に入れると、ホロホロ崩れる鯉の身とシャキシャキの野菜の歯ごたえが合わさって小気味良い食感を作り出す。


「明日からベルナティア様が来ないのは、ちょっと寂しいなぁ」


 ココット皿のマッシュポテトをスプーンで掻き込みながら、アレックスがぼそっと言う。他人の出入りが殆ど無いガスターギュ家のこと、毎日訪れるお客様の存在は新鮮だったのだろう。私もこの半月は楽しかった。


「それにしても、オリヴァー殿下綺麗だったな! オレ、本物の王子様初めて見た! なんかキラキラしてた!」


 興奮気味に捲し立てるアレックスに、


「あの方は一番王族らしい人だからね」


 苦笑しながらワイングラスを傾けるトーマス様。


「ベルナティア様も幸せそうだったね。政略結婚ってもっと冷めた感じなのかと思ってたけど、上手くいくこともあるんだ」


 アレックスの発言に、ゼラルドさんが意味深に目を細める。


「貴族の結婚は自分達の物ではありません。しかしながら、不幸な事柄ばかりではこの文化は永く続かなかったでしょう。恋に落ちて結婚する夫婦もいれば、結婚してから恋をする夫婦もいます。激しい恋慕の情はなくとも家庭を作り信頼を育み、一族の繁栄に従事する関係も間違いではありません」


「要は互いの相性ってことか。うちの親なんて恋愛結婚だけど壊れかけたしね」


 言葉の重みがあり過ぎます、アレックス。


「でも、本当にお二人は仲睦まじくてお似合いで、見ているこちらまで幸せになりますね」


 掛け値なくそう思う。王命という断れない条件での結婚。それでもベルナティア様とオリヴァー殿下は心から愛し合っているように見えた。


「まさに運命の恋ってやつだよな! おとぎ話みてぇだ!」


 口調は雑だけど、アレックスも年頃の乙女らしく嬉しそうに同意する。


「出会いのきっかけは政略結婚でも、お二人の気持ちが本物ならば至上のこと。きっと良いご夫婦になられることでしょう。ファインバーグ家の未来は明るいですな」


 我が家はどうなることやら? と言外に滲ませるゼラルドさんにシュヴァルツ様は淡々と無視を決め込む。今度はこちらに顔を向けてくる家令に、私も咄嗟に目を逸らしました。

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