第288話 来訪者の裏事情(1)

 客人を見送り、作業部屋を片付けたら夕食の時間。


「さあ、俺の手料理を存分に味わってくださいよー!」


 上座のシュヴァルツ様の斜め右横の席に着いたトーマス様は、両手を広げて目の前の料理を指し示す。

 本日の晩餐のメニューは鯉の姿揚げのマリネと、マッシュポテトとベーコンのオーブン焼き。ミネストローネとちょっとした副菜数品と白パンです。


「何が『俺の手料理』だよ。味付けはミシェルだろ」


 アレックスが向かいの席からフォークを持ったまま頬杖をついて悪態をつく。こら、お行儀が悪いですよ。

 確かに副菜は常備菜だし、マリネ液とマッシュポテトとミネストローネは今朝私が作って、それぞれ漬けるだけ・焼くだけ・温めるだけの状態にしていた物だ。

 最近はベルナティア様の訪問時間前に夕食の下拵えを済ませ、帰った後すぐに作り終えられるよう段取りをつけていました。冬場だから作り置きしても食品が傷まなかったのがありがたかったです。

 でも、日持ちのしない生モノは当日に使い切りたい。今日のメインディッシュはマリネにすると決めて、肉にも魚にも合う野菜たっぷりのマリネ液だけ先に用意して、ゼラルドさんに市場で主菜の食材を買って来るよう頼んでいました。目利きの家令が仕入れてきたのは、抱えるほどの大きさの鯉二尾。


「俺が鯉のワタを抜いたんだから、俺の料理ですよね? ゼラルドさん」


 同意を求められた家令はフォークとスプーンで優雅に魚をサーブしながらにっこり微笑む。


「左様でございます。トーマス様のナイフ捌きはそれはそれは見事でございました」


 でしょー! と鼻高々な将軍補佐官。流石ゼラルドさん、大人な対応です。

 因みにベルナティア様とオリヴァー殿下の帰宅後、下処理済みの鯉を揚げてマリネ液に浸したのは私です。


「どうです? 閣下。俺の料理は?」


 細切りの野菜を絡めた鯉の切り身を豪快に口に放り込むシュヴァルツ様に、トーマス様は前のめりで期待の眼差しを向ける。

 将軍は複雑そうな顔でしっかり咀嚼すると、ゆっくりと嚥下してから口を開いた。


「ま、鯉に罪はないからな」


 ……褒め言葉ですか? それ。


「あははー! 素直に美味いって言ってくれていいですよー!」


 上機嫌で白ワインを呷るトーマス様のポジティブさを私も見習いたいと思います。

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