第281話 予期せぬ訪問者(4)

「もう少しでここでの作業が終わるんだ。そうしたら一緒に帰ろう。だからオリー、ここで待っていてくれないか?」


「うん、いいよ」


 ベルナティア様のお願いに、オリヴァー殿下はあっさり頷く。彼女はほっと目尻を下げると、私に向き直った。


「ミシェル、彼を暖かい部屋で休ませてくれ」


「はい」


 オリヴァー殿下はモコモコの毛皮のケープを被っているけど、暖房設備のない玄関ホールに長くいては身体に毒だ。私は二階へ戻るベルナティア様と別れて、殿下を応接室に案内する。その後を着いてきたトーマス様が私にこそっと耳打ちする。


「ミシェルさん、足の伸ばせる椅子と膝掛けを用意して。あと熱いお茶を。コーヒーより紅茶がいいな」


「畏まりました」


 了承する私の傍らで、第三王子がクスクス笑う。


「面倒でしょう? 僕の知己はみんな過保護で」


 それは心配しますよ。私も夜会で倒れているのを発見した時には心臓が止まるかと思いました。事前に必要な物を申告して頂いた方がありがたいです。

 応接室の暖炉の火力を強めて、横になれる長椅子の正面にスツールも設置。足を伸ばしていても手が届くよう、サイドテーブルにティーセットとお茶菓子を置く。トーマス様の紅茶はローテーブルに用意した。


「主不在の屋敷に急に押しかけちゃってごめんね」


「いいえ、いつでもいらしてください」


 熱いティーカップで冷えた指先を温めながら言う王子の長い足に、私は膝掛けを被せる。王族の訪問を断れる王国民はいませんよ。


「まったく、来るなら事前連絡は必須でしょう」


 気にしない私に代わって不平を漏らしたのはトーマス様だ。


「こちらにだって都合があるんですからね。殿下のお陰で仕事が溜まりっぱなしです」


「そう? 僕はトミーが退屈な仕事から逃げる口実を作ってあげたんだけどな」


 将軍補佐官の嫌味を第三王子は軽やかに受け流す。

 ……トミー?

 このお二人って、仲がいいのかしら?

 二人のやり取りを眺めていると、視線に気づいたのかトーマス様が私にずいっと手にしていた籠を差し出した。


「これ、オリヴァー殿下からのお土産です」


「ありがとうございます」


 上に掛かったナプキンを捲ってみると、そこには大きな卵が三十個ほど。


「わあ! 立派な卵ですね」


 眼を見張る私に、オリヴァー殿下がニコニコと、


「トミーがこの家は卵か肉を持っていけば歓迎されるって言ってた」


 何教えてるんですか、トーマス様。事実ですが。


「厨房から持ってきたんだ。本当はオーブンに入ってたローストポークにしようと思ったんだけど、『これは国王陛下の晩餐だから勘弁してください』って料理長に泣かれたから、卵にしたの」


 テヘッと舌を出すオリヴァー殿下。

 ……王室御用達……っ。

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