第273話 作業初日(2)
実物のドレスを前に構想を練って、市場で材料の買い出し。昼食を摂ってからガスターギュ邸に戻って、応接室でお茶を飲みながら更に予行練習。
「こっちの布の方は光沢があっていいけど薄いから形が作りづらいな」
「この布は扱い易いけど、ちょっと安っぽく見えるかも」
掌大にカットした布を手にアレックスと私で意見を戦わせる。素材や手触りの違う数種類の布を用意して、造花のサンプルを作ってどれが一番ベルナティア様のドレスに合うか決めているのだ。
応接室でやっているのは、ドレスを汚さないよう作業部屋は飲食物持ち込み禁止にしているから。候補の造花からいくつか選んで、最終的に実物のドレスに合わせて量産する物を決定する。
「こんな感じかな?」
アレックスがハサミで切った布の中央にビーズの雄しべと雌しべをつけて形を整えると、すぐに手の中に小さな花が咲く。
「ほう、大した物だな」
「でしょ!」
女侯爵に褒められて、庭師少女はふんぞり返る。
「やっぱ素材は絹だな」
「ほつれないように縁に薄くのりを塗ったほうがいいね」
横並びで頭を寄せて造花のサンプルを作るガスターギュ家使用人達を、対面に座ったお客様が静かに眺めている。と、カタンと小さな音とともにドアが薄く開き、べっこう色の毛玉がするりと室内に侵入してきた。どうやら自分でノブを回したようだ。
「あ、ルニエ、来ちゃダ……」
長い尻尾のサビ猫は、止めるまもなくひょいっとベルナティア様の膝に飛び乗った!
「すすすみません!」
慌てて腰を浮かす私を「いや、いい」と手で制し、彼女はぬくぬくと香箱を組むルニエの背中を撫でた。
「猫は嫌いじゃない」
言いながらルニエの顎をくすぐるベルナティア様。目を細めてゴロゴロ喉を鳴らすルニエはとても気持ちよさそうだ。『嫌いじゃない』じゃなくて『大好き』ですね、それ。
「……楽しいな」
獣毛の手触りを堪能しながら、彼女は微笑む。
「誰かと買い物に出かけて食事して、なんて何年振りだろう。学生に戻ったようだ」
買い出しの帰り道にこれから支度させるのは手間だろうと、市場近くのごくありふれた大衆食堂に入ろうと言ってきたのはベルナティア様だ。侯爵様に庶民の食堂はどうかと心配したけど、喜んでもらえたなら本望です。
「ベルナティア様って近衛騎士団の一番偉い人なんでしょ? どんな学校行ったらなれるの?」
造花を作る手は止めず、アレックスが興味津々に身を乗り出す。
「私が総長になったのは家柄もあるが、鍛錬を重ねた結果であるとも自負している。私の出身は王都の騎士学校だ」
彼女は大あくびするルニエに目を細めながら、思い出を語り始めた。
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