第267話 ベルナティア総長の来訪(9)

 ……えーと。


「それはつまり、ウエディングドレスとしてあのドレスを着たいということですよね?」


 認識に齟齬がないようしっかり確認する私に、ベルナティア様は「そうだ」と頷く。


「でも何故ですか?」


 資産家の侯爵家なら、あんな素人の工作ではなく上等な衣装が用意出来るはずだ。延期された結婚式用のドレスだって残っているだろうし。

 だから、あのドレスに拘る必要はないのに。


「そ、それは……」


 彼女は俯いて、ぼそりと、


「……可愛いって言ったんだ」


「はい?」


 聞き返す私に、彼女は頬の真っ赤になった顔を上げて、


「夜会の後、お見舞いに行ったら君の話が出て……オリーが言ったんだ。『あの子のドレス、花畑みたいで可愛かったね』って」


 藍色の瞳を潤ませ、精一杯言葉を紡ぐ。


「私は強くて可愛げがない、周りからはいつもそう言われてきた。自分でもそう思う。レースもフリルも似合わない。それに、私はオリーより年上で背も高い。きっと並んでも釣り合いが取れない。でも、大切な人との一生に一度の結婚式だ、少しでもオリーに私を可愛いって思ってもらいたい。彼の前では最高に可愛い自分でいたい。私と結婚して良かったって思ってもらえるように。だから……」


 膝の上で固く握った拳が震えている。


「あのドレスが必要なんだ」


 唇から零れた声も震えている。

 ……どうしよう、今すぐ駆け寄ってぎゅうっと抱きしめたいっ!

 なんて可愛らしい女性なのだろう。こんなに綺麗で地位も名誉もある方なのに、目の前の恋には臆病で一生懸命だなんて。


「……解りました」


 私は覚悟を決める。


「ファインバーク閣下のドレス作り、わたくしがお手伝いします」


 一途な乙女の願いを無下になんかできないよね。

 その答えに、ベルナティア様はぱっと表情を明るくして――


「ありがとう!!」


 ローテーブル越しにぎゅうっと私を抱きしめた。

 はぅっ、力が強すぎです!

 もがく私を抱きしめたまま、何度も感謝を述べる彼女。

 背骨はミシミシいうし、顔は柔らかな双丘にむぎゅっと押しつけられて息が苦しいけど……。

 すっごくいい匂いがするから、まあいいっか。

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