第265話 ベルナティア総長の来訪(7)
「オリヴァー殿下は生まれつき身体が弱く、成人前には王位継承権を返上しているのだ」
「え?」
伏し目がちに焼き菓子を齧りながら淡々と語るベルナティア様に、私は小さく驚きの声を上げた。
王族と姻戚になることは臣下にとって大変な名誉だが、相手に王位継承権がないと話はまた違ってくる。手に入るのは王籍を離れた第三王子の個人資産だけで、王家への発言力が強くなるわけでもなく、『いずれ玉座に就く』なんて夢もない。ただ王家の傍系になっただけ。
政略結婚とは家同士の利益のために生じる婚姻関係だ。これが他貴族との結婚なら、領地の拡張や権力の幅を広げることに役立ったかもしれない。
しかし、主君の命令を断れば侯爵位を継げず、反逆罪にもなりかねない。
つまりこの結婚は、権力を持ちすぎたファインバーグ家を王家の監視下に置くための
そういう事情を知っていたから、ロクサーヌは私にベルナティア様の婚約者の話をしなかったのかもしれない。
どう反応していいのか分からない私に、彼女は無表情で続ける。
「フォルメーア王国にはその昔、強大な権力を持った公爵が自分の領地と周辺自治区を巻き込んで独立国家を立ち上げた歴史がある。
その歴史書は骨董好きの祖父の書斎にあったので読んだことがあります。でも、
でもそれが、百五十年の繁栄を続けているフォルメーア王国の在り方だ。
それにしても、ファインバーグ家の内情を顔見知り程度の私に話していいのかな? と不安になるけど。疎い私でもさわりを聞いただけで意味を察せられるのだから、きっと社交界では知らぬ者のいない話なのだろう。
「私は侯爵家に生まれ家督を継ぐと決めた時から、結婚は自分の物ではなく家の物だと思っていた。そして王国への忠誠心も揺るぎない。だから相手が誰であろうと構わなかった。ただ、ファインバーグ家のために義務を果たすだけだと」
それが『貴族の結婚』だ。
「だが……」
温かいティーカップを両手で包むように持つと、ベルナティア様はふわりと穏やかに表情を崩した。
「初めて『婚約者』として会った日、オリーは笑ったんだ」
近衛騎士団総長として王城に出入りしている彼女は、当然オリヴァー殿下と面識があった。しかし、自室や療養室に籠りがちな彼とはあまり接点がなく、会話も数えるほどしかしたことがない。ただ、近侍や女官にはやたらと評判のいい王族居住区の希少生物、そんな認識だった。
国王との謁見から数日後、ベルナティア様は王城の貴賓室に呼ばれ、婚約者となった彼と対面した。
先に部屋にいたオリヴァー殿下は立ち上がって彼女の手を取ると、にっこり微笑んだ。
『やあ、ベルナティア。君と結婚できるなんて嬉しいな。幸せになろうね』
――彼女は心底驚いた。
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