第264話 ベルナティア総長の来訪(6)

「失礼します。紅茶のおかわりをお持ちしました」


 タイミングよく現れたゼラルドさんが新しい紅茶を注いで退出するのを待ってから、ベルナティア様は口を開いた。


「二十五年前、私は当時のファインバーグ当主の一人娘としてこの世に生を受けた」


 ゆっくりと記憶を辿る。

 ファインバーグ家は王家の覚えめでたい近衛騎士団総長の家系。彼女の父も勿論その要職に就いていた。彼女は自分の生家を誇りに思っていた。

 歴代の英傑の血を色濃く受け継いだ彼女は文武の才に恵まれ、騎士学校を卒業すると当然のように近衛騎士団に入団した。そして総長である父の元、確実に実績を積み上げて来た。

 ファインバーグ家は長く続く名家なだけあって、血族も多い。分家の従兄弟いとこ再従兄弟はとこが本家の家督を狙い、彼女を追い落とそうとしたり、または彼女に取り入り婿の座を手に入れようとしたが、並み居る敵を彼女は一蹴した。

 フォルメーア王国の貴族社会では、女性が家督を継ぐことは一般的ではない。しかし、つまらない慣習など物ともしない実力を彼女は身につけていた。

 そして二十三歳の夏。父が腰を痛め、領地に隠居すると決めたのをきっかけに、彼女が近衛騎士団総長の座とファインバーグ侯爵の称号を継ぐこととなった。

 世襲貴族の当主交代は王国政府への届け出が必要となる。政府が承認し、王国教会が管理する貴族名鑑に新しい家長の名が記載されることで、爵位の譲渡が完了するのだ。

 彼女は新侯爵としての承認を得るべく父と一緒に王城へ赴いた。謁見の間で国王と重鎮に囲まれ、ファインバーグ侯爵位は滞りなく父から娘へ世襲される……はずだった。


『ベルナティア・ファインバーグ、そなたの侯爵位継承を認めよう。ただし、条件がある』


 重々しい声でそう言ったのは、ブラムウェル国王陛下。


『余の息子の一人を、其方そちの婿にしてくれ』


 ――これは、一貴族でありながら強大な権力を持ちすぎたファインバーグ家へ王家が打った楔だ。

 ファインバーグ家はフォルメーア王国有数の大貴族であり資産家だ。しかも王都防衛の要である近衛騎士団の総長。更に次期侯爵であるベルナティアは他貴族からも人気が高い。だから王家の血を入れることで、王家への変わらぬ忠誠を示せというのだ。

 完全な政略結婚。

 そして、彼女の伴侶として選ばれたのが……、


「第三王子のオリヴァー殿下だ」


 サクリ、とベルナティア様がムラングを咀嚼する音で、私は過去の物語から現実へと引き戻された。

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