第247話 星繋ぎの夜会(17)

 顎を反らし、ツンと澄ました態度で歩いていた私は、喧騒から離れた場所まで来ると、へろへろっと空いていたテーブルに突っ伏した。


「ふわぁ〜〜〜、緊張したぁ〜」


 もう全身の力が入らない。我ながら、似合わないことをしたものだ。

 クラゲになった私の背中を、アレックスが気遣わしげにさする。


「ごめん、ミシェル。こんなことになって」


 しょんぼりする彼女に、私は微笑む。


「気にしないで。あ、でもちょっとは気にして欲しいかな? まあ、なんにせよ、アレックスを一人にしたのは私の落ち度だから」


 ゼラルドさんに散々言われてきたのに、彼女を甘やかしたのは私の責任。ツケは私が払うべきだ。


「それに、アレックスからあの人に絡んだわけじゃないでしょ?」


「そんなことしないよ!」


 庭師な従者は必死に否定する。


「あいつがいきなり喧嘩吹っかけてきたんだよ。俺だってシュヴァルツ様に……ミシェルにも迷惑かけたくないし」


 うんうん。それはよく解ってるし、信じてる。


「なんにせよ、アレックスが無事で良かった。帰ろう、シュヴァルツ様が待ってる」


「おう!」


 元気に頷くアレックスは、ぐったりな私の手を引いて席から立たせてくれる。緊張したのもあるけど、慣れない靴で踊ったり走ったりしたせいで膝がガクガクしてる。踵の靴ずれも限界だ。ドレスの裾で隠れて見えないけど、絹の靴下に穴が空いたり血が滲んじゃってたら嫌だなぁ。おニューなのに。


「なぁ、ミシェル」


 一緒に歩きながら、アレックスが言う。


「オレ、勉強するよ。庭のことだけじゃなく、家のことも。セラルドじーさんは小言ばっかでウザいけど、ちゃんと教えてもらう。ミシェルのことも見習う」


「……うん」


 アレックスはまだまだ成長中。若木を真っ直ぐに伸ばすのは大人の役目だ。


「ってかさ、ミシェルって子爵令嬢だったんだ! なんでメイドしてんの?」


「なんでだろうね」


 知ってしまった事実を確認する同僚を、曖昧に躱す。隠しているわけじゃないけど……思い出したくもない事実だから。

 ――今日、名乗っちゃったのはちょっと痛かったな。

 まあ、テナー家うちなんて誰も知らないと思いますが。

 イベント盛りだくさんだった『星繋ぎの夜会』も、ガスターギュ家的にはそろそろお開きです。

 あとはみんなと合流して帰るだけ。


「早く靴とドレス脱ぎたい」


 すっかり帰宅モードで呟いた私だったけど……。

 ……今夜のメインイベントは、ここからでした。


「ミミミミシェル!」


 セミの鳴き声みたいに名前を呼びながら、アレックスが私の腕を引っ張った。


「あ、あれ!!」


 驚愕に目を見開きながら、さっきまで私達が居た辺り――アレックスが喧嘩に巻き込まれた付近――を必死に指差す。短く切り揃えた爪の指先の向こうに見えたのは……、


「火?」


 ……会場の一角で轟々と燃え上がる炎でした。

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