第227話 星繋ぎの夜会・出発(2)補佐官語り

 細身の従者に先導され、一歩一歩ゆっくりと階段を下りてきた淑女に、俺はほうっとため息をついた。隣からはゴクリと息を呑む音が聞こえた。目を上げると、視線が階段に釘付けになっている救国の英雄が見えた。

 ……無理もない。俺だって衝撃を受けているのだから。

 腰の高い位置からふわりと自然にスカートが広がる水色のドレスには、同系色の花が無数に散りばめられている。少し癖のある栗毛は緩く纏め上げられ、ドレスと同じ花と真珠の髪飾りに彩られている。

 随分と高いヒールを履いているのだろう。いつもより目線の高い彼女はガスターギュ閣下の前まで来ると、膝を折って淑女のお辞儀をした。それから顔を上げ、薄桃色の紅を引いた唇をそっと開いた。


「お待たせしました、シュヴァルツ様」


 ふんわり微笑む彼女に、名前を呼ばれた彼は、目を見開いたまま微動だにしない。


「あの……? シュヴァルツ様?」


 不安そうに小首を傾げる彼女に、俺は咄嗟に声をかける。


「わぁ! とっても素敵だよ、ミシェルさん! まるで花の妖精だ」


 これは本心だ。華奢な身体に控えめながらも存在感のある花飾りのドレスがなんとも愛らしい。


「ありがとうございます、トーマス様」


 謝辞を述べるミシェルさんを前に、俺は傍らの将軍の肘をつついた。


「閣下もそう思いますよね?」


 そう言われて、ガスターギュ閣下は夢から醒めたようにはっと肩を震わせた。

 不安げに見上げる妖精さんの姿をじっと見つめてから、視線を逸らしてぼそりと、


「……綺麗だ」


「みゃうっ!」


 途端にぼふっとミシェル嬢の顔から湯気が出る。……いや、物理的にでなく、心情的にね。


「あ……ありがとうございます……」


 真っ赤になってもじもじ俯くトロルとブラウニー。

 はいはい、可愛いおとぎ話ですねー。


「では、行きましょうか」


 踵を返す俺の背中に、「あの……」とミシェルさんが声をかける。


「何故、トーマス様がこちらに? 夜会には出席しないはずでは……?」


 因みに、本日の俺の衣装も正装だったりする。彼女の疑問に、俺はあっさり答える。


「今夜は皆さんの送迎役です。この時期、御者の人手が足りなくて代わりに俺が。夜会中は馬車で待ってて帰りも送りますよ」


「……」


 ものすごく複雑そうな顔で言葉を失くすミシェルさん。

 あ、騙されたと思ってる。

 会場まで行くなら、自分が将軍のお伴で夜会に出席しても良かったんじゃないかって勘ぐってる表情だ、コレ。

 ……まあ、正解なんだけど。

 だって、俺が行くよりミシェル嬢が行った方が面白そうじゃん? 将軍の縁談除けにもなるし。


「さあ、早く乗ってください」


 客車のドアを開けると、


「オレ、進行方向の奥側がいい!」


 余所行きのお仕着せの従者が元気に主張した。ぴょんぴょこ跳ねる赤いポニーテールに、俺はようやく気づいた。


「あれ? アレックスちゃん?」


 臨時雇いの少年従者かと思っていたけど、よく見たらガスターギュ家の庭師少女だ。


「格好いいの着てるね、似合うよ」


「だろ!」


 ふんぞり返る少女に俺はすかさず、


「土産物屋で売ってる子猿のマスコットみたい」


「なんだとー!?」


「おやめなさい、アレックス!」


 憤慨してぽかぽか殴りかかってくる同僚を、家令が羽交い締めにして静止する。

 ……ほんと、ガスターギュ家は賑やかで飽きないな。

 俺は大暴れする従者少女を必死で客車に詰め込む家令を尻目に、軽やかに御者台に飛び乗った。

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