第200話 ガスターギュ家の祝祭(4)

 はっと振り返ると、前庭に面した往来から細身の美青年がこちらを覗き込んでいた。

 間隔の狭い鉄柵を両手で握り、顔を近づけている様子は、ちょっと檻の中の囚人っぽいです。


「トーマス様! いつからそちらに!?」


 驚いて問いかけると、将軍補佐官はうーんと上目遣いに記憶を辿って、


「閣下がミシェルさんにケープを羽織らせた時くらい?」


 ……大分前から見てましたね。


「なんで外から黙ってオレらを観察してんだよ? 不審者かよ!」


 今度はアレックスが怪訝そうに尋ねると、トーマス様はへらりと笑って、


「いや、ガスターギュ閣下は気づいてたよ。ここに着いてすぐにチラッと俺の方見たもん。目は合わせてくれなかったけど」


「……へ?」


「ゼラルドさんも会釈してくれたよ」


「……はい?」


 意味が解らず、私は今度は身内の男性二人を振り返る。


「シュヴァルツ様、トーマス様が来ていたことをご存知だったのですか?」


「ああ」


 ガスターギュ家当主は事も無げに頷く。


「だが、認識すると寄ってくるから居ないものとした」


 ……扱いが憑き物ですね。


「ゼラルドさんも?」


 一応、確認してみると、


「シュヴァルツ様がお声をかけない以上、そのような方針かと思い、主に倣いました」


 ……うちの家令は主人に忠実です。

 そして、それでもここまで居続けたトーマス様のメンタルは強すぎです。


「で、休みの日に自宅まで来るとは、一体何の用事だ?」


 話しかけられたからには無視もできない。渋々対応する上官に、部下は悪びれもなく口を開く。


「今日、閣下のお宅でパーティーするんでしょ? お呼ばれされに来ました」


「な……っ!?」


 シュヴァルツ様は傷のある顔を露骨に引きつらせた。


「何故それを知っている? 職場では話していないぞ?」


 鬼の形相で睨みつける将軍に、補佐官はヘラヘラ笑いながら手をパタパタさせる。


「そんなの見てれば解りますって。いつもは行かない軍の放出品市に出向いたり、視察の時に市街を歩けば衣料品や宝飾品の店を覗いたり。やるなら直近の休日かなって思ってたんですけど、あたりでしたね」


 トーマス様は軽薄そう(失礼)に見えて、なかなか鋭いお方です。


「そうか、正解おめでとう。では帰れ」


 冷たく吐き捨てて、シュヴァルツ様は踵を返す。


「お前達も、早く家に入れ。風邪を引くぞ」


 使用人に気遣いの言葉をかけて、当主はずんずん屋敷へと進んでいく。

 え? 置いてっちゃっていいんですか?

 寒空の下のお客様を放置するのは気が咎めるけど、ご主人様の命令なら従うしかない。オロオロする私にトーマス様はニヤリと口角を上げ、真っ直ぐ玄関へと向かうシュヴァルツ様の背中に呼びかけた。


「マルチツール」


 ぴたりと将軍の足が止まる。


「……の職人を紹介したの俺ですよね」


  ギギギと錆びたブリキ人形のように重々しく振り向くシュヴァルツ様に、トーマス様は本日一番の笑顔で、


「放出品市の情報を教えたのも俺でしたっけ。執務室に届く山のような夜会の招待状の、断りの手紙を書いてるのも俺なんですけど」


 ……うわぁ。


「……ゼラルド、門を開けろ」


「仰せのままに」


 補佐官の貢献度恩着せ攻撃に、将軍が折れました。


 ……そんなこんなで、本日のディナーの席が一つ増えました。



◆◆◆

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