第182話 ガスターギュ家の食卓

 ガスターギュ家の夕食前は嵐のような忙しさです。

 帰宅したシュヴァルツ様が席に着くタイミングで、尋常じゃない量の料理を適切な温度で提供するので当然なのですが。

 今夜のメニューは七面鳥の香草焼き。


「アレックス、お皿を並べて!」


「ほいよー」


 平皿を抱えて、庭師兼メイド見習い少女が私の前を横切る。

 ……あれ? なんだか違和感。


「ねぇ、アレックス待って」


「ん?」


 私は立ち止まった彼女の隣に並んでみる。

 ……ま……まさか……!?


◆ ◇ ◆ ◇


「アレックスに身長を抜かれた?」


「……です」


 ガスターギュ家全員揃っての食卓。

 カービングナイフで巧みに丸ごとの七面鳥を部位ごとに切り分けていくシュヴァルツ様に、私はしゅんと項垂れる。

 夏にアレックスに出会った時はソラマメ一粒分は私の方が高かったのに……。

 今は彼女の方が目線が高い。

 私の髪と同じく、アレックスの背も伸びていたのだ。


「アレックスは成長期、これからもぐんぐん伸びていくでしょうなぁ」


「このままいけば、じーさんも追い抜くぜ!」


 ゼラルドさんの言葉に、嬉しそうに胸を張るアレックス。

 彼女の成長は喜ばしい。とても喜ばしいことなのですが……。


「まさかこんなに早く越されるなんて……」


 アレックスと私は五歳差。まだまだ子供だと思っていたのに、と寂しさを感じてしまいます。


「いいじゃん。こぢんまりしてるのがミシェルの魅力なんだから」


 大きくなったアレックスが余裕の笑みを浮かべる。ぐぬぬっ。


「私も、もう少し大きくなりたかったです」


 しょんぼりな私にシュヴァルツ様は首を捻って、


「ミシェルもここに来てからなかなかに成長しているぞ」


「え!?」


 落ちていたテンションが急上昇する。


「どこがですか? 背、伸びてますか? 大人っぽくなりましたか?」


 髪は伸びたけど、それ以外にも成長要素があったかな?

 期待を込めて見つめる私に、シュヴァルツ様は真顔で一言。


「肉付きが良くなった」


 …………。


 いきなりパタッとテーブルに突っ伏した私に、将軍が焦って腰を浮かせる。


「ど、どうした、ミシェル!?」


「今のはシュヴァルツ様が悪い」


「有罪ですな」


 使用人が総ツッコミだ。


「何故だ? 俺はただ健康的になったと褒めただけだぞ? 家に来た時のミシェルはまるで枯れたススキだったのだから」


 シュヴァルツ様は必死で弁明するけど、


「言い方」


「言葉選びが壊滅的ですぞ」


 使用人連合軍の前に撃沈する。

 うう、確かに実家にいた頃より栄養摂取量が増えたけど……。


「……決めました」


 打ちひしがれていた私は、すっくと上体を起こす。


「私、ご飯の量を減らします!」


「なっ!?」


 私の宣言に、シュヴァルツ様は突然テーブルを叩いて激昂した。


「ダメに決まっているだろう! ただでさえ少食なのに、これ以上食わなくなってどうする? 消えて失くなるぞ!?」


「で、でも、肉が付いたって……」


「まだ足りん! もっと付けろ!」


「そんな横暴な……」


「なぁ、もう七面鳥食っていい?」


「どれ、某が切り分けましょう」


 鬼の形相のシュヴァルツ様と、涙目の私と、腹ペコアレックスと、動じないゼラルドさん。

 大騒ぎなガスターギュ家の食卓に、窓辺のスツールに寝転んでいたべっこう色の猫は、興味なさげに後ろ足で顎を掻いていた。



◆◆◆

前話では、お気遣いとお祝いのお言葉をありがとうございました!

近況ノートにも書きましたが、皆様に感謝とお詫びをお伝えしたく浮上しました。

それでは、しばらく地に潜ります。

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