第165話 将軍のお見合い(4)補佐官語り

 寒さの緩んだ小春日和の午後。


「……今日は庭にアレを埋める予定だったのに」


 休日を潰された将軍閣下は、延々怨嗟を垂れ流している。……俺のせいではないんすけどね。

 コーネル伯爵令嬢とのお見合い当日。

 閣下をお迎えにガスターギュ邸に赴いた俺は、思わず絶句した。

 ――紳士だ。そこには紳士がいた。

 大きめ襟のロングコートにベストにスラリとしたシルエットのトラウザーズ。傷だらけの顔はやっぱり怖いが、短い髪もきっちり整えられていて、いい具合に精悍さを引き立てている。


「化けましたね、閣下」


 褒める俺に、将軍は不機嫌そうに唇を歪めて前髪を掻きむしろうと手を伸ばすが――


「ダメです! 折角セットしたのに崩れちゃいますっ!」


 ――背後でミシェル嬢に絶叫されて断念する。

 ここまで完璧な軍人貴族に仕上げるまでには、並々ならぬ努力があったのだろうな。


「クラバットを巻いてもらえなかったのが心残りです」


 白い布を握りしめ、断腸の思いで語るメイドさん。言われてみれば、彼のシャツは第二ボタンまで開いていた。


「ま……まあ、正式な社交の場じゃないから、大丈夫じゃないかな?」


 俺は悔しがるミシェルさんを適当に慰める。

 ……この子、閣下とイイカンジっぽいのに、やたらとお見合いに積極的なんだよね。謎。


「では、閣下をお預かりしますね」


「夕飯までには帰る。俺の分も残しておけ」


 正門前で振り返る俺達に、ガスターギュ家使用人一同が並んで頭を下げる。


「いってらっしゃいませ」


「シュヴァルツ様、幸運を」


「早く帰って来てくださいね!」


 三様のお見送りを受けて、俺達は屋敷を後にした。


◆ ◇ ◆ ◇


 ガスターギュ邸から馬車でほんの数分。

 コーネル伯爵に指定されたのは、城下通りの上流階級御用達のティーラウンジだった。あまり畏まった雰囲気ではなく、軽食をつまみながら談笑するのが今回の趣旨らしい。

 と、いうことで、父親である伯爵も、二人を引き合わせたら早々に退散する予定だ。


「……初対面の女性と何を話せばいいのだ?」


 いつもの豪胆さをどこかに置き忘れたように戸惑う将軍に、俺はそれなりのアドバイスをする。


「普通でいいんですよ。家でミシェルさんと話しているのと同じ内容で」


 ガスターギュ閣下は上目遣いに考えて、


「今日の夕飯のメニューや、明日の朝の卵の焼き加減か?」


 ……それは業務連絡です。

 店の従業員に声を掛けると、すぐに席に案内される。


「では、俺は離れた席で待機していますから」


「トーマスは同じ席には来ないのか?」


「今日は閣下のお見合いですから」


 部下が上官の保護者代わりになるわけにもいかないだろ。一応、もしもの時の為に監視していますが。

 俺は彼らが見える席に勝手に腰を下ろす。

 ガスターギュ閣下が通されたのは、奥のソファ席。既に座っていた二人の男女が立ち上がり、将軍に挨拶している。

 一人はコーネル伯爵。その隣にいるのは……。

 長い亜麻色の髪をゆるやかに編み上げた背の高い女性。年はミシェル嬢と同じくらいかな。意志の強そうな青い瞳のなかなかの美人。

 彼女がコーネル伯爵のご息女、ロクサーヌ嬢か。

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