第138話 山へ(11)
シュヴァルツ様に手を引かれてゆっくり登った山道を、足早に下って行きます。
自然と足の勢いが増す下り坂に、なんだか膝がガクガクしてくる。……明日、立てなくなりそう。
でも、今対処しなくてはならないのは、未来の筋肉痛より目に見える危機です。
山道を半ばほど下ったところで、不意にシュヴァルツ様が立ち止まった。急に止まれない私は、彼の背中に顔をぶつけてしまう。
「シュヴァ……」
鼻を抑えながら見上げると、彼は「シッ!」と私を制する。足音の消えて静まり返った山林に、キビタキの声が遠く響く。
「ゼラルド、判るか?」
先頭の将軍が振り向きもせずに訊くと、
「つけられていますな」
シュヴァルツ様は小さく息をつくと、肩に担いでいた荷物からロープを取り出した。
「アレックス、木に登れるか?」
「おう、得意だ……です!」
敬語が崩れるアレックスにロープを手渡す。
「では、ミシェルを連れて木に登れ。なるべく太く丈夫で高い木だ。できるな?」
「はい!」
庭師少女は早速樹木を吟味し、手頃な楠を選んでするすると登っていく。
「あの……シュヴァルツ様?」
アレックスが枝にロープを結ぶのを横目に私が首を傾げると、彼は淡々と口を開いた。
「あのイノシシがついてきている」
「え!?」
獣にストーキングされてるんですか!?
「一定の距離を保ちながら、襲撃の機会を窺っている。だからこちらも迎え撃つ準備をする」
「む、迎え撃つって……。危険ですよ! 早く下山して近くの村に救助要請した方がいいんじゃないですか?」
素人の提案に、職業軍人は否と首を振る。
「迂闊に連れて下山すれば里に被害が出る。それに、あんな化け物が今まで何故伝説程度の扱いで放置されていたと思う?」
「それは……」
私の答えを待たずに、シュヴァルツ様は続ける。
「目撃例が伝説程度しかないからだ。あいつは遭遇した者を高確率で仕留めているのだろう。だとしたら、下山前にあいつは俺達を襲ってくる」
だからその前に、こちらに有利な迎撃体制を整える。
「ミシェル!」
木の上からロープを垂らしたアレックスが呼ぶ。あの縄を手掛かり足掛かりに登れということだろう。
最初から訊かれもせずに補助なしでは木登りできない人と決めつけられておりますが……事実だから仕方がない。
「ご武運を、シュヴァルツ様」
「ああ、すぐ終わるさ」
私は将軍の手を取り、そっと指先に唇を落とした。古来から伝わる幸運のおまじないだ。それから振り返らずに楠に向かった。
そして……。
何度も滑り落ちながらも、アレックスに高い枝まで引き上げてもらいました。
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