第123話 秋の楽しみ(2)

 極上の紅茶と共に、テラスのテーブルで暫しの休憩タイム。


「アレックス、髪の毛が乱れてるから結い直すね」


「ん」


 後ろに立つ私に、少女は素直に椅子の背凭せもたれに体を預ける。真っ赤な柔らかい猫っ毛をブラシで丁寧に梳いて、ポニーテールに結い上げる。私は継母や継姉の髪結いもしていたから、他人の髪をいじるのは慣れている。

 アレックスの髪も、たまにサイドに編み込みを入れたりお団子にしたりするんだけど、あんまり凝った髪型は「可愛すぎる!」ってぐちゃぐちゃに解かれるから、大抵シンプルな一つ結びだ。

 でも、髪を梳かせてくれるようになっただけで、大きな進歩。

 毎日ゼラルドさんにお小言をもらったお陰で、髪も服も態度も大分落ち着いてきました。喋り方は変わらないけど、個性の内かな。シュヴァルツ様には敬語使ってるし。


「髪も服のサイズも直して頂いて。アレックスは日々ミシェル殿への感謝を忘れてはいけませぬぞ」


「うっせー! ミシェルはじーさんみてぇに恩着せがましくねぇもん!」


 私が髪を結っている前方で小競り合いを始める使用人仲間二人。

 ……感謝しなくていいので、ケンカしないでください。

 でも、なんだかんだで楽しんで口喧嘩しているみたいなので、放っておきます。

 因みに、ゼラルドさんは会った当日からアレックスが女の子だと知っていたそうです。彼曰く、「骨格で一目瞭然です」だそうで……。シュヴァルツ様と同じ特技の人がいました。

 お菓子付きの午後のテータイムを終えたら、もう一働き。


「あとは、残りの落ち葉はどうしましょうか?」


 腐葉土作りに使ったのは、全体の三分の一ほど。残り三分の二の落ち葉は小高い山となって庭の隅に積まれている。


「燃やしちゃえば? 草木灰って良い肥料になるし」


「落ち葉焚きは秋の風物詩ですな」


 珍しくアレックスとゼラルドさんの意見が合ったので、焚き火をすることに。

 ゼラルドさんが手慣れた仕草で火打ち石にナイフを滑らせると、飛んだ火花は薄い枯れ葉に引火し、一気に山が燃え上がる。


「わぁ、すげぇ! 着火剤なしでこんなに早く火が点くんだ。どうやってやるんだ?」


 素直に感心するアレックスにゼラルドさんが手ずから指南する。


「まず、一度で多くの火種を飛ばすこと。そして燃えやすいよう予め空気の流れを作っておくことですな」


「へぇ」


「上手く計算すればお屋敷だって五分で火の海にできますぞ」


「マジか! じーさんかっけぇ!」


 不穏な話題で和気藹々なお爺さんとお孫さん。

 ……お願いですから、やらないでください。

 日が落ち始めて気温が下がってきたので、焚き火がポカポカ心地好い。

 そろそろ夕飯を作らなきゃいけない時間なんだけど……離れたくない。


「あったか~い」


「落ち着く~」


「風情がありますな」


 焚き火を囲んでしゃがみ込んで、三者三様に和みまくるガスターギュ家の使用人。

 今日は風もなく、細く白い煙が真っ直ぐに空に吸い込まれていく。

 のんびりゆったり、特別なことをしなくても楽しい時間。


 ……ここにシュヴァルツ様も居たら、もっと楽しいのにな……。


 ぼんやりと揺らめく炎の向こうに、傷の多い、でも澄んだ優しい瞳を持つ彼の顔を思い浮かべる。

 背の高い将軍は、陽炎の中で徐々に輪郭を整えながらこちらに向かって来て……。


「あれ!?」


 私は素っ頓狂な声を出して飛び上がった。


「どしたの? ミシェル」


 見上げてくるアレックスにも返事が出来ない。だって――


「……何してんだ、お前ら?」


 ――槍柵の外から、実物のシュヴァルツ様がお庭を覗き込んでいたのだから!

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