第94話 お庭のこと(7)
夕暮れが近づいてくる。
お屋敷の中で私が夕飯の支度をしている(といっても、今日は温めて盛り付けるだけだけど)と、
「ミシェル」
肩に掛けたタオルで額の汗を拭いながら、シュヴァルツ様が厨房に顔を出す。
「そろそろあの子供も帰る頃だろう。今日の分の手間賃を渡しておいてくれ」
差し出されたのは銀貨一枚。報酬額は銀貨三枚だから、一枚は先渡し分なのだろう。こういう仕事は途中で放り出されないように大抵成功報酬なんだけど、シュヴァルツ様はきっと
「明日以降、俺がいない時に作業が終わったら残り二枚を渡してくれ。期日より早く仕上がったら、もう一枚銀貨を足して」
「はい」
「そういえば、シュヴァルツ様は庭師を雇う相場をご存知だったのですね」
アレックスは柵の塗装に銀貨三枚は安いって騒いでたけど、一般的には妥当な金額だ。
何気ない私の言葉に、彼も何気なく返す。
「まあ、しばらく住めばその街の物価が見えてくる」
初めて会った日から、大進歩です。
「では、私のお給金もそろそろ見直しませんか?」
物価が判るなら、使用人の日給が金貨一枚は破格であることに当然気づいたはず。私の提案に、彼はいいやと首を振る。
「あれはミシェルの能力に応じた金額だ。もっと増やしてもいいくらいだ」
「ひぇ……っ」
これ以上増やされたら、私は大富豪になっちゃいますよっ。
少なくて揉める話はよく聞くけど、多すぎて困るなんて贅沢な悩みですね。
シュヴァルツ様は厨房のドアから頭を引っ込ませ、「あ、そうだ」と思い出したようにまた顔を覗かせた。
「あの子供に報酬とは別に風呂代もやってくて。それと、貸せる服があれば着替えも」
「はい」
アレックスは穴に落ちたり塗料使ったりで体も服もドロドロだもんね。帰りにお風呂屋さんに寄れれば嬉しいだろう。だけど……。
「でも、うちには彼に着せられる服はないと思いますが」
シュヴァルツ様の服は明らかに大きすぎるし。背の低い私は年下のアレックスとあまり身長が変わらないからシャツは貸せるけど、ボトムスはスカートしか持ってないし……。
困ってしまった私に、シュヴァルツ様ははて? と首を捻る。
「あの子供、女だぞ」
「ええぇ!?」
衝撃発言に私は飛び上がる。
「お、女の子だったんですか!?」
だってあの言葉遣いだし、この国の女性がズボンを履くのなんて乗馬服くらいだから、てっきり……。
でも、思い返してみれば、確かに可愛らしい顔立ちで声も高かった。
愕然とする私に、シュヴァルツ様は淡々と、
「骨格で判るだろ」
……骨格って、服の上から判るものですか?
「え? じゃあ、シュヴァルツ様はアレックスが女の子だって知っててあんなに強く叱ったんですか?」
鎌突きつけてましたけど!?
混乱する私に、シュヴァルツ様は生真面目に返す。
「あいつの罪は性別とは関係ないだろう。俺は相手の行動から推察して効果的と判断した対処法をとっただけだ」
……うちのご主人様は、こういう人です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。