第89話 お庭のこと(2)

「では、ちょっと買い物に行ってきますね」


「一緒に行こうか?」


 休憩後、グラスを片付ける私に、シュヴァルツ様が訊く。


「大丈夫ですよ。晩ご飯を買いに行くだけですから」


 休日は極力料理するなと言われているので、テイクアウトか外食が多い。……まあ、食材がある時は作っちゃった方が楽なんですけどね。

 でも、平日はいつも自分の味の食事だから、自分以外の味を食べるのも好き。他の味を知ることで、料理のアレンジも増えるから。

 今日は日没まで庭仕事をする予定なので、そのまま食べられるお惣菜を用意しておきます。


「なにか食べたい物はありますか?」


「肉」


 簡潔なリクエストだ。


「承知しました」


 また土を掘り返し始めるシュヴァルツ様に一礼して、私は買い物カゴを片手に屋敷を後にした。

 正面の堅牢な門扉ではなく裏の通用口から出て、ふと気づく。道に立ち止まって、ガスターギュ邸を見つめる人物がいた。

 年は十二~三歳かな? 肩ほどまで無造作に伸びた髪を一つに縛った、よれよれのチュニックとズボンの男の子。彼は槍柵の中のお屋敷をじっと睨みつけていた。

 うちに御用かしら?


「あ……」


 声を掛ける前に私に気づいた彼は、顔を背けるようにしてそそくさと往来に消えていく。

 なんだろう? 目を引くほど庭木の形が微妙だったのかな?

 首を傾げてみても答えは出ないので、私は気にせず市場へ向かうことにした。


◆ ◇ ◆ ◇


「いらっしゃい、ミシェルちゃん。今日は香草チキンがオススメだよ!」


「わあ、美味しそう。三つ……いえ、五つください」


「あいよ。いつもたくさん買ってくれるから、揚げ芋サービスしとくね」


「ありがとうございます!」


「でっかいご主人様にもよろしくね」


 肉屋のおかみさんにお惣菜を包んでもらう。市場にも顔馴染み増えてきました。いつも大量の食材を買っていくガスターギュ家の主とその使用人は、上得意様として扱ってもらってます。

 ……まさか、あの食材の山をほぼ一人で消費しているとは思ってないだろうけど。

 広い王都には、地域ごとにいくつも市場がある。実家の近くの市場は生鮮食料品店が多かったが、こちらの市場は食べ物屋さんが充実している。……もしかしてシュヴァルツ様はそれを考慮してあのお屋敷を選んだのかしら?

 他にも副菜をいくつか見繕って、家に帰る。

 重い物を持つのは禁止されているけど、買い物カゴいっぱいにお惣菜を詰めれば、否応なくカゴを持つ右手に重心が傾いてしまう。

 私の周りにはお惣菜の美味しい匂いが漂っている。はあ。晩ご飯の時間はまだ先なのに、すごくお腹が減ってきた。

 ふらふらと道を歩いていると、視界の端をチュニックの影が掠めた。

 あれ? あの男の子、まだ居たんだ。

 通用口の近くに、例の彼が立っている。

 あんまりじろじろ見ると失礼かなと極力視線を逸し、通用口の鍵を開けて中に入った……瞬間!


 ドンッ!!


 いきなり背中に衝撃が走った。

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