第86話 贈り物のお返し
荷物の片付けが済んだら、早速贈り物のお味見です。
ワインの樽の一本は居間に常設。ハードチーズは炙ってバケットや蒸し芋に添えて。生ハムは原木と呼ばれる骨付きのモモ肉を吊るして、ナイフで削いで頂きます。
「昼間っから豪勢だな」
「休日の醍醐味ですね」
樽ワインを開けてご満悦なシュヴァルツ様に、私も蜜漬け果物のジュースでご相伴に与る。
「これって丸かじりできないのか?」
薄い木の葉のように削っていく生ハムにシュヴァルツ様は焦れるけど、
「……それはお薦めできないかと」
赤身の可食部にたどり着く前に、皮や脂身がありますからね。塩気もありますし。
ちなみに脂身は、集めておいて別の料理の油として使います。
でも、巨大肉を頬張るシュヴァルツを想像すると、似合いますね。生ハム原木は形的に棍棒にも似てますし。
……と、失礼な妄想はここらへんにして。
「シュヴァルツ様、カノープス様へのお返しの品はいかがいたしますか?」
「お返し? しなきゃならんのか?」
「なりませんよ」
それが礼儀ですから。
「勝手に送り付けておいて、返礼しなきゃならないなんて難儀だな」
シュヴァルツ様は面倒くさげに腕組みする。将軍は、本当に上流階級のお付き合いが苦手ですね。
「では、お品物は私が見繕いますから、シュヴァルツ様はお手紙のお返事だけ書くのはいかがでしょう?」
贈り物の手配は、使用人の役目ですから。
「カノープス様とご家族のお好きな物はありますか?」
「さあ? 知らん」
「では、一般的な婚礼のお祝いの品から選んでお送りしていいですか?」
「ああ……」
私の質問に、彼は何だか気まずげにぽつりと、
「……手紙は書かなきゃダメか?」
「あった方が受け取る側も嬉しいと思います」
頷く私に、シュヴァルツ様は諦めたように吐き出した。
「俺、読み書きができないんだ」
……え?
「仕事でサインが必要だから、自分の名前だけは書ける。あとは数字が読めるくらいだ。今は補佐官に字を習っているが、長い文は書けん」
そういえば、シュヴァルツ様は外食の時はメニューを見ずに頼んでいたし、配送の荷札は私に読ませていた。そういう事情だったのか。
納得する私に、彼は視線を逸し、
「驚いたか? 将軍なんて大層な役職に就きながら、読み書きができないなんて」
俯くシュヴァルツ様に、私は「いいえ」と首を振る。
「ご苦労なされてきたのですね」
……私が読み書きに不自由していないのは生まれてきた環境のお陰で、ただの偶然。階級社会のこの国において、貴族と平民とでは識字率の差が大きい。シュヴァルツ様は幼い頃に家族を亡くされ、学習の機会を失っていたのだ。
「私はシュヴァルツ様は将軍に相応しい方だと思います。それに、学びに年は関係ありません。現在、補佐官様に文字を習っていることこそが素晴らしいです」
「そうか……」
シュヴァルツ様は小さく息をついてから、顔を上げた。
「もう一度、手紙を一緒に読ませてくれないか? ミシェル。それから、返事を書くのを手伝ってくれ」
「はい!」
私は大きく頷いた。
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