第85話 贈り物
「ガスターギュ様、お届け物です」
運送業者の馬車がお屋敷の前に停まったのは、ある晴れ日のことでした。
「はい、そこに置いてくだ……」
言いかけた私は、半ばで声を失った。
運び込まれて来たのは、穀類の大袋が五袋、ワインが三樽、生ハムの原木に一抱えもあるハードチーズ、ドライフルーツ各種、その他諸々……。
え? 何? 家で大規模なパーティーでも開かれるの!?
「シュ、シュヴァルツ様、シュヴァルツ様!」
私は大慌てで屋敷の主を呼ぶ。
「なんだか、大量の荷物が届いたのですが!」
自室にいたシュヴァルツ様は、吹き抜けの二階から玄関に積まれた食材を見下ろして、
「食っていいのか?」
……それを私も知りたいです。
まだ休暇中の将軍は、ボサボサ頭で気怠げに大あくびをしながら階段を下りてくる。
「送り主は誰だ?」
「はい、ええと……」
私は荷札を確認する。
「グラン・カノープス様です」
シュヴァルツ様は、「ああ」と得心したように頷いた。
「俺が赴任していた土地の領主だ」
赴任先というと、前線要塞があったところよね?
私は荷物の山を確認して、木箱の中に手紙が入っているのに気がついた。
「シュヴァルツ様、お手紙です」
「読んでくれ」
躊躇なく頼まれて、私の方が躊躇ってしまう。執事でもない下級使用人がご主人様の手紙を開けるのって、勇気がいる。でも、シュヴァルツ様のご要望ですからお応えします。私はペーパーナイフで封を切った。
手紙の内容は、シュヴァルツ様へのご機嫌伺いの文言と、カノープス様の近況。国境付近に平和が戻り、土地を開拓できるようになったこと。別の土地に逃げていた領民も戻ってきて、街が活気づいていること。そして、彼の娘の結婚が決まったということ。最後はシュヴァルツ様への感謝の言葉で締めくくられていた。
「この大量の贈り物は、お嬢様の婚礼のお祝いだそうです」
親族の結婚にあたって、お世話になった人に付け届けをするのはこの国の習わしだ。いわゆる『結婚の報告と幸せのお裾分け』だ。
勿論、こちらからも相応のお祝いを贈り返すことになるが。
でもこれはちょっと……個人に贈る付け届けにしては豪華すぎる気がする。それほど感謝されるくらい、シュヴァルツ様はカノープス様の領地に貢献したのだろう。
シュヴァルツ様はふっと懐かしそうに眉尻を下げて、
「そうか、あのご令嬢の結婚が決まったのか。良かった」
安堵したように呟く。
「シュヴァルツ様はカノープス様のご家族とご懇意だったのですか?」
何気なく尋ねてみると、彼はいいやと首を振る。
「仕事以上の付き合いはない。特にご令嬢は初めて俺と会った瞬間、悲鳴を上げて卒倒してな。それ以来姿を見ていない」
……ま、まあ、以前のシュヴァルツ様は山から下りてきた
「貯蔵庫に運ぼう。当分食料に困らないな」
「ええ、有り難いですね」
率先して穀類の大袋を運んでくれるシュヴァルツ様。
私は種類ごとに仕舞う棚を選別しながら、
(あれ?)
ふと、心に引っかかりを覚えた。
確か、シュヴァルツ様は前に、国王陛下に爵位と国境付近の土地を治める権利をくれるって言われて断ったのよね?
その土地って……カノープス様の領地のことだよね?
シュヴァルツ様が断ったから、カノープス様は領地を取り上げられなかったってこと?
でも、国境周辺の貴族は大きな武力と権力を持っていることが多いから、おいそれと政府に土地を接収されないだろう。
……ってことは……。
(もしかして、シュヴァルツ様とカノープス家のご令嬢の縁談があったんじゃないの……?)
爵位と領地を手に入れるには、それが一番の近道だ。
しかし、シュヴァルツ様が断って王都に来たお陰で、ご破算になった。
これはあくまで私の推測だけど……。
それなら、婚礼を報せる豪華な付け届けの説明も付く。
「……」
……もし、ご令嬢が卒倒しなかったら、シュヴァルツ様は結婚していたのかしら?
ご令嬢も、悲鳴を上げずに会話する機会があったら、きっとシュヴァルツ様の優しさに気づいたのに。
私は自分の勝手な憶測で勝手にもやもやして……何故だか落ち込んでしまった。
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