第83話 ムラング(卵白を泡立てよう)

 卵を割り終えたら、いよいよ重労働の時間です。

 大きなボウルに六個分の卵白。一人で食べるなら卵一個か二個で十分な量が作れるけど、今日はシュヴァルツ様がいるので大増量です。


「卵白を泡立てながら、二~三回に分けて砂糖を混ぜていきます」


 ざっくり手順を説明してから、作業に移ります。


「まず、泡立て器ホイッパーで軽く白身をほぐしてから、最初の砂糖を入れます」


「よし、やるぞ」


 ホイッパー片手に意気込むシュヴァルツ様。

 麦酒ビールくらい泡立った卵白に分量の三分の一の砂糖を投入。


「次に、白くてトロっとしたクリーム状になるまで泡立てます」


 ここからが過酷です。私はムラングが大好きだけど、自分ではあまり作りません。理由は、『メレンゲを作るのが大変!』だから。

 私は腕の筋力が弱いので、泡立てるクリーム系を完成させるのに途方もない時間が掛かるのですよ!

 なので、いざ作ろうと思っても尻込みしてしまいます。

 でも……今日はシュヴァルツ様という最強の助っ人がいます!

 勿論、重労働の泡立て作業を彼一人に任せるつもりはありませんが、交代要員がいるって心底ありがたい。

 シュヴァルツ様がお疲れになったらすぐに代わろう。そう思っていたのだけど……。


「できたぞ」


「え!?」


 はやっ!

 だって、今、私が目を離したの、ほんの数秒ですよ??

 驚いてボウルの中を覗き込むと、そこにはゆるく波立つ卵白が。

 なんで、こんなに早くできてるの?

 狐につままれた気分になりながら、私は砂糖を投入する。


「で、では、次は軽くツノが立つ程度に泡立てて……」


「うむ」


 彼は一つ頷くと――


 ガシャガシャガシャ!!


 ――物凄い勢いでホイッパーを動かし始めた!

 はっや!! 目にも留まらぬ速さで手首だけを回転させているっ!

 びっくり眼で凝視する私を置いて、シュヴァルツ様は肘から上はまったく動かさず、顔色一つ変えずにボウルの中の卵白をもこもこ泡に変えていく。


「これくらいか?」


 彼がホイッパーを上げると、ついていた白い泡がツノになって立ち上がり、すぐにくてんと頭を下げた。


「はい、それくらいで大丈夫です」


 残りの砂糖を全量入れる。


「最後に、しっかりツノが立つくらい硬くなるまで泡立てて出来上がりです」


「おう!」


 気合を新たに、将軍がホイッパーを振るう。その勢いは、泡立て器のワイヤー部分が弾け飛びそうなほどだ。


「これでどうだ!」


 かき混ぜ終わって向けられたボウルに入っていたのは、つんと先の尖ったツヤツヤのメレンゲ。


「完璧です! 素晴らしいです、シュヴァルツ様! 私、こんなにメレンゲを速く作れる方を初めてみました!」


 瞳を輝かせ尊敬の眼差しで見つめる私に、彼は若干頬を引きつらせる。


「これって、そんなに大仰に褒められることなのか?」


「なのですよ!」


 呆れた口調のシュヴァルツ様に、私は食いつく。


「だって、私が何年やっても到達できなかった領域に、初めてのシュヴァルツ様が一回で辿り着いちゃったんですよ? 感動しないわけがないじゃないですか! 私も力強いシュヴァルツ様の腕が欲しいです!」


「……いや、ミシェルは今の腕がお前の身体に合っていると思うぞ?」


 大興奮で捲し立てる私に、ドン引きなシュヴァルツ様。

 でも……。

 彼は自分の掌を握ったり開いたりしながら、


「……俺の腕は戦斧だけでなく、調理器具を振るうのにも役立つのか」


 感慨深げに呟くと、その手をぽんっと私の頭に置いた。


「ミシェルは俺の特技を増やす名人だな」


「へ?」


 それ、褒められてるんですか?

 意味は判じかねますが。シュヴァルツ様が白い歯を見せたから、つられて私も微笑んだ。

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