第72話 海へ(お土産)

 シュヴァルツ様が海軍基地に行っている間、私は繁華街でお買い物です。

 私を軍事施設に連れて行かなかったのは、「先方に引き止められた時に、一人の方が逃げやすいから」だそうです。

 シュヴァルツ様は我が国の伝説の将軍。その名は王国全土に知られています。どんな地方でも軍施設で素性を明かせば歓待され、上層部への挨拶に連れ回され、レセプションパーティーまで開かれちゃう可能性があるそうです。

 ……私のご主人様って、本当に国の重鎮なのね……。

 誇らしく思いつつ、最近気安く関わり過ぎな自分を心の中で戒める。

 でも、今日はしっかり小旅行を楽しまなきゃね。

 砂の多い通りをのんびり歩き、露店を見て回る。

 色々珍しい柄の布を仕入れたけど、一番の収穫は大判の帆布キャンバス。固くて分厚いから衣類には向かないけど、シュヴァルツ様の庭仕事用のエプロンや手袋、作業バッグも作れそう。……うちのミシンだと針が通らないかな? がんばって太い針で手縫いしよう。

 あとは塩と香辛料。海のそばだから塩がやすいのがありがたい。港や王都周辺は海塩の流通が主だから白い塩だけど、シュヴァルツ様の住んでいた地方では赤い塩を使ってたって聞いた。同じ国でも食文化も生活様式も異なるのだから面白いね。

 買いすぎた荷物を両手に抱えて、ヒーヒー息を切らしていると、


「おねーさん、見ていってよ」


 不意に下の方から声をかけられた。

 目線を下げると、そこには道の端に水色の織物を広げて座った子供が二人。一人は十歳くらいの女の子、もう一人は彼女より二つ三つ年下の男の子。姉弟かしら。

 二人の前には貝殻で作ったアクセサリーや置物が並んでいる。


「うちらが作ったんだ。可愛いでしょ?」


「うん、素敵ね」


 私はしゃがみ込んで貝殻を繋げたブレスレットを手に取る。こういう工芸品は海街の子供達の収入源なのだろう。


「このピンクの貝はなんて名前?」


「サクラガイだよ」


「このお花模様の石は?」


「タコノマクラ。石じゃなくてウニの仲間」


「へえ、面白いね!」


 小さい頃、家族で海に来た時は浜辺で貝殻を夢中で拾ったっけ。

 懐かしさと切なさに揺蕩いながら工芸品を眺めていると、ふと掌大の黒いクジラの置物を見つけた。


「これは何?」


「タカラガイだよ。上手でしょ、ボクが作ったんだ!」


 男の子が得意げに胸を張る。

 卵型の滑らかなフォルムのその貝は、遊覧船から見たあのクジラを彷彿とさせた。

 ……これ、シュヴァルツ様にあげたら喜ぶかしら?

 でも、同じ場所に出掛けて相手にお土産を買うって変かしら?

 でも……。


「これください」


「はい! おねーさん、ありがとー!」


 旅は一期一会。終わってから後悔しないようにしなきゃね。

 限界まで膨らんだ買い物袋を抱え直し持ち直し、私は歩き出す。そろそろ海軍基地前まで行って、シュヴァルツ様を待とう。……と思ったら、人の多い大通りの奥から、頭一つ飛び抜けた黒髪がこちらに向かってくるのが目に飛び込んできた。

 探さなくてもすぐ見つけられるから助かります。

 こうして見ると、シュヴァルツ様って大きいな。体格もだけど、何ていうか、纏っている雰囲気が違う。堂々としていて、人の目なんてまるで気にしていない様子で。

 私なんて、すぐに人混みに紛れてしまうその他大勢なのに。

 早く声を掛けなきゃ通り過ぎられちゃう。

 私は急いで彼の元へと行こうとするけど、人が多くて思うように進めない。


「あっ」


 対向者と肩がぶつかり、よろけて買い物袋を落としかけた腕が支えられる。


「大丈夫か?」


 気がつくと、まっすぐこちらへ向かって来ていたシュヴァルツ様が、私に手を伸ばしていたのだ。


「ったく、お前はいつも容量以上の物を買いすぎだ」


 当然のように私から買い物袋を奪うと、片手に持って歩き出す。


「……よく、私を見つけられましたね」


 狐につままれたような気分で訊いてみると、


「俺がミシェルに気づかないわけないだろう」


 逆に不思議がっている意味が解らない、とばかりのお答え。

 ……特殊能力ですか?


「腹減った。なんか食うぞ」


 もう夕方近い時間だ。昼食を食べそこねていたシュヴァルツ様が不機嫌そうに眉根を寄せる。


「軍の方でお食事は出なかったんですか?」


「食事会に誘われたが断った。休日までナイフとフォーク使ってちまちま飯が食えるか」


 断っていいんですか。相変わらず破天荒ですね。

 でも、カトラリーを使いたくないなら、とっておきの場所がございますよ。


「ん、なんかいい匂いがするぞ」


 私が紹介するより先に、美味しい物の存在をシュヴァルツ様の嗅覚が察知した。


「あちらにいいお店があるんですよ」


 鼻を引くつかせて瞳を輝かせる腹ペコ将軍を、私は楽園へと誘った。

 

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