第71話 海へ(遊覧船4・解決)
カラフルな屋根の港街が見えてくると、一同は一様に胸を撫で下ろす。
「ご乗船ありがとうございました。海賊に襲われるなんてアトラクション、他の船では味わえませんぞ。お客さん達は運がいい!」
桟橋につくと、船長が陽気にガハガハ笑いながら乗客をお見送りする。
……アクシデントを娯楽扱いして客の苦情や運賃払い戻し請求に一切応じない姿勢を貫くところが商魂逞しい。
下船の時、ロクサーヌが私達に声を掛けようと近づいて来たけど、悪態をついていた青年に「早く行こう」と腕を引かれて連れ戻されて、結局挨拶できなかった。きっと、馬鹿にしていたシュヴァルツ様の強さを目の当たりにして、報復を恐れたのだろう。
シュヴァルツ様はまったく気にも留めてないけど……。ちょっとだけ優越感を持ってしまった私は性格が悪いです。
「ありがとうございました、お客様」
最後に船を下りたシュヴァルツ様に、恰幅のいい船長が恭しく頭を下げる。
「あなた様がいなければ、この船はどうなっていたことか。これはささやかなお礼です」
船長が差し出したのは、片手ほどの革袋。中身は金貨だろう。
「いや、俺はたまたま居合わせただけだ。礼を言われることはしていない」
「ご謙遜を! さぞかし名のある戦士とお見受けしますが、お名前を教えていただけますか?」
「旅の者だ。それより、今日の海賊襲撃の件、しかと憲兵に報告するのだぞ」
「当然ですとも! あんな近海に海賊が出るなんて、安心して商売ができません。海軍に厳しく取り締まってもらわねば!」
顔を真っ赤にして憤慨する船長。
結局名前も告げずお礼も辞退し、私達は港を後にした。
「シュヴァルツ様、すごいです! 武器を持つ海賊を一瞬で倒しちゃうんですから!」
海岸へと続く道すがら、私はぴょこぴょこ跳ねるように歩きながら大興奮で話しかける。
「怖くなかったか?」
「ちょっと驚きましたけど、強くてかっこよかったです。怪我もなくて安心しました。シュヴァルツ様はいつもああして
「……そうか」
こそばゆげに頬を掻くシュヴァルツ様。
「でも、あの遊覧船は運が良かったですね。シュヴァルツ様が乗っていて。船長さんも感謝していましたし」
ニコニコと顔を上げる私を、
「いや、逆だろ」
憮然とした顔の彼が見下ろす。
「え? どうしてですか?」
首を傾げる私に、彼は一言。
「あの船長は海賊とグルだぞ」
……。
「えぇえぇえぇぇ!?」
びっくり眼の私に、シュヴァルツ様は一枚の紙片を差し出した。
「これは?」
「長髪の海賊が持っていた海図だ」
紙切れには歪な○が数個と、×印が一つ付いていた。○は小島の位置で、×が襲撃ポイントかな?
「海賊は遊覧船の航行ルートを知っていて、待ち伏せしていたんだ。遊覧船に乗るのなんて裕福層の旅行者しかいない。割の良い副業だ。毎回だとバレるから、襲撃頻度や場所は変えているのだろう」
「そんな……。で、でも、船長さんが共犯って証拠は?」
私は食い下がってみるが、
「船長と海図を繋ぐ証拠はない。だが、あんな晴れた海で船員が一人として小舟の接近に気づかないなどおかしな話だろう。乗客を船首甲板に集めたのは船長だしな」
海賊船は遊覧船の船尾方向から近づいてきていた。
パーティーで乗客の気を引き甲板に集めた上で海賊に襲わせ、金品を強奪させる。実に効率のいいやり方だ。
「海賊の方も客の命までは奪うつもりがなく、反撃も想定外だったのだろう。油断しまくっていたから俺の奇襲に簡単に崩れた」
……まあ、脅し文句を言う前に海に吹っ飛ばされるとは思わなかったでしょうね……。
「え? でも、気づいていたならどうしてシュヴァルツ様はその場で船長さんを追求しなかったんですか?」
「危険だからだ」
将軍はさらりと答える。
「船長がグルなら船員も仲間だ。あの船員の数なら俺一人で制圧できるが、その後は? 船員を拘束したら誰が船を操縦する? 船に火を掛けられたら? 船を放棄されたら? 死物狂いで抵抗されて、乗客に犠牲がでたら?」
陸地なら救援を求められるが、海の上では逃げ場がない。
シュヴァルツ様は乗客の安全の為に、船長(及び船員)の糾弾を諦めたのだ。
「じゃあ、捕まえた海賊を解放したのも?」
「
ふっと自嘲するシュヴァルツ様。
……彼は常々『たまたま生き残ったから出世した』と言っていたけど、とんでもない。『生き残るべくして生き残った人』なのだ。
今回のシュヴァルツ様の対応が法や世論的に完璧だったのかは、私には判断できない。ただ、彼が瞬時に取捨選択した行動が、『乗員乗客全員が無事帰港』という結果を導き出したのは純然たる事実だ。
そしてその事実は、私が彼への敬愛の念を更に深めるには十分だった。
「海軍の駐屯基地に寄っていいか? 本件を通報する」
「ええ、勿論」
それは王国軍人の義務ですから。
「シュヴァルツ様も捜査に加わるんですか?」
港に着いた後も船長を追求しなかったのは、きっと言い逃れできない証拠を固めるためだ。
遊覧船という観光業と海賊を繋ぐ自作自演の襲撃事件。これは大きな陰謀への手掛かりではないのか……!?
と、勝手に心躍らせる私だけど、
「いや、管轄外だから俺はここまで」
シュヴァルツ様はあっさり手を引いた。
「
心底嫌そうに眉を顰めるシュヴァルツ様。……以前、何かあったのでしょうか?
「それに」
彼は足を止めて、私を振り返る。
「今日はミシェルの
「……っ」
その台詞は反則でしょう。
……この誕プレには、手を繋ぐオプションはついてないのでしょうか?
頬が熱いのは日差しのせいだと心で言い聞かせて、私は歩調を合わせるシュヴァルツ様の隣をついて行った。
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