第65話 海へ(到着)
厩務員の世話付きの馬車停めに馬を預けて、いざ海岸に向かいます。
一歩進むごとに強くなる潮の匂い。靴の沈む足元の白い砂。そして、目の前に現れたのは、境界が判らないほど澄んだ空と海の青。
「すごいな……」
見渡す限りの水面に、シュヴァルツ様は呆然と呟いた。
「どこまで続いているのだ。向こう岸が見えんぞ」
そりゃあ海ですから。
「俺のいた前線にも長大な川が流れていたが、辛うじて向こう岸が見えて泳いで渡れたぞ。ここはどこまで泳げば終着点に辿り着くのだ!?」
「……多分、泳ぎきれませんから沖に出るなら船で行きましょう」
「ああ、そうか。船という手段があったか! どの程度の糧食を積めば足りるのだ? 補給路がないぞ!?」
「落ち着いてください。遠征に出るんじゃないんですから」
……海のあまりの大きさに、シュヴァルツ様が混乱しています。
「あの見えない向こう岸にも、国があって人がいるんだよな」
若い将軍はしみじみと息をつく。
「俺なんか、小さいものだ」
いえ、十分大きいですよ。
でも……気持ちは解ります。
シュヴァルツ様はしばらく水平線の遥か遠くを眩しげに眺めてから、私に向き直った。
「さて、何をする?」
「へ?」
聞き返す私に、彼は当然のように、
「今日はお前の誕生日プレゼントとして
……はっ!
とりあえず、海に来れば楽しいかなーって思ったけど、観光はある程度計画を立てないと時間の浪費になってしまう。
「えーと、えーと……」
私は辺りを見回して、波打ち際で水遊びをする男女数名を目に留めた。あれだ!
「ではまず、海水浴はどうでしょう」
「海水浴?」
「ええ、せっかく来たのですから。川の水と違って海水は塩分があるから体が浮きやすいんですよ」
「それは聞いたことがある。最近、水練の機会がなかったから、泳ぐのもいいかもな」
良かった。シュヴァルツ様も意外と乗り気だ。でも、
「しかし、着替えを持ってきていないぞ」
「水着なら現地調達できますよ」
私は砂浜に並んだ露店を指差す。さすがは観光地、そこには色とりどりの水着が吊るされている。
「随分、華やかな柄だな」
「港街は貿易が盛んですから、色々な国の文化が混じっているんですよ」
ハーフパンツタイプの水着を手に取り眉を寄せるシュヴァルツ様に、私は自分の水着を選びながら答える。珍しい布地も多いから、あとでお土産に買って帰ろう。
「あ、シュヴァルツ様、これなんてどうですかね?」
私はオレンジの花柄の水着を引っ張り出して、彼に見せる。彼はちらりと横目で一瞥すると、
「ミシェルが気に入ったのなら、それでいい。俺は女物はおろか、自分の服すらよう解らんからな」
……相談しがいのないご返答だ。
せっかくだから、シュヴァルツ様に似合うって言ってもらえる物を選びたいのに。
「じゃあ、ちょっと試着してきますね」
私はトボトボと店の奥の試着室に向かった。
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