第57話 氷解

 ……泣き止むタイミングって難しい。

 シュヴァルツ様の太い腕の中で嗚咽を漏らしていた私は、少しずつ、心が整っていくのに気がついた。途端に羞恥心が溢れ出す。

 ……ど、どうやって顔を上げよう?

 もういいですって言えばいいのかな。

 でも、泣き腫らした顔を見られるのも恥ずかしいし。

 でも、もう少しこのままで居たいし……。

 頭の中で纏まらない思考がぐるぐるしていると――


 ぐうぅぅ~~~。


 ――理性より先に、生理的欲求が動きました。

 もう、いつも空気読まないよ、私のお腹はっ!

 真っ赤になって腹部を押さえる私を、シュヴァルツ様が僅かに体を離して覗き込む。


「腹、減ったのか?」


「……実は、昨日の夜から食べてなくて……」


 夕ご飯中にあんなことになったので、ちょっとしか食べられませんでしたし。

 怒られるかな? と思って上目遣いに恐る恐る確認すると、シュヴァルツ様はさっぱりとした表情で白い歯を見せた。


「腹が減ったなら重畳だ。物を食えば、大抵のことは上手くいく」


 食いしん坊さんの意見は不思議な説得力があります。


「では、飯にするか」


「はい。ご用意しますね!」


 といっても、買ってきてもらったお惣菜をお皿に出すだけですが。


「あ、でもその前に……」


 私はソファに座り直して、コーヒーカップに口をつける。せっかくシュヴァルツ様に淹れて頂いたのだから、味わわないと。

 突如寛ぎ始めた私に倣って、シュヴァルツ様もカップを傾ける。

 ちょっと冷めてしまったけど、落ち着く苦味にまったりしていると、


「……ん?」


 シュヴァルツ様が渋い顔で首を傾げた。


「いつもより豆の風味が薄くてエグみがあるぞ」


「そうですか?」


 あんまり変わらないと思いますが……。多分、撹拌と火力と抽出時間の問題かと。ずっと強火のままでしたし。


「とっても美味しいですよ」


 フォローする私に、将軍は憮然と唇を尖らせ、


「俺はミシェルの淹れた味の方が好きだ」


「……っ!」


 よ、喜ばせ屋かっ!!

 悲鳴を上げて狂喜乱舞しそうになる衝動を、必死で押さえつける。


「とりあえず、飯にしよう。俺も腹ペコだ」


「は、はい!」


 カップをお盆に下げながら、私の顔はニヤケっぱなしだ。

 ……さっき泣いていたのが嘘のように心が軽くなる。


 食後のコーヒーは、私がお淹れしますね。

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