第39話 ポテトコロッケ(下拵え)
晴れた日の午後は、お日様の匂いの芳しい洗濯物を取り込んでから、夕食の準備だ。
平日の私のタイムスケジュールは、ほぼ同じ。
起床→朝食(作って食べるまで)→シュヴァルツ様のお見送り→洗濯→入浴→買い物→掃除と細々とした雑用、そして日が暮れる前から夕食作りに取り掛かる。とにかく量が多いから、早めに支度を始めないと。
大鍋に一山のジャガイモとかぶる程の水を入れて、串がスッと刺さる硬さまで茹でる。その間に、玉ねぎとひき肉を炒めます。
ジャガイモが茹だったらお湯から上げて、布巾で包んで……、
「ここにいたのか」
「わっ!?」
……突然ひょっこり厨房に顔を出したシュヴァルツ様に、私はビクッと肩を跳ねさせた。
「おかえりなさいませ。今日はお早いんですね」
まだ明るい時刻なのに。
「ああ。近くに視察に来ていたから、直帰した」
そういうこともあるのですか、意外とフレキシブルな職場なのですね。
……昼間って誰もいなくて油断してるから、うっかり鼻歌歌ったり、踊りながら掃除したりしてる姿を見られなくて良かった……。
「お夕飯まで時間がありますから、ゆっくりお寛ぎください。お茶は居間にお持ちしましょうか? それともシュヴァルツ様のお部屋に?」
「そうだな……」
彼は思案げに視線を彷徨わせ、ふとジャガイモの山に目を留めた。
「何を作っているんだ?」
「お芋の
「芋の? 中身はクリームじゃないのか?」
この国では、
「ポテトコロッケも美味しいですよ」
「……芋か」
微妙に表情を曇らすシュヴァルツ様。……あれ?
「ジャガイモ、お嫌いでしたっけ?」
これまで色々な料理に使ってましたが。
「嫌いではないが……」
彼は歯切れ悪く、
「前線にいた頃、補給線を絶たれて何ヶ月か芋と木の根を齧って食い繋いだことがあってな。積まれた芋を見たら、それを思い出した」
……き、木の根?
「では、別のメニューにしますね」
「それはしなくていい」
ジャガイモの山を見えない場所に移動しようとする私を、シュヴァルツ様が制止する。
「芋のクロケットに興味がある。作るところを見ていても……いや、俺も作業に加わっていいか?」
シュヴァルツ様が料理を!?
「え!? あの、はい。お望みでしたら」
動揺しつつも、私はコクコク頷く。
厨房に二人で並んで一緒に料理。
「それでは、まずジャガイモの皮を剥きます。茹でたジャガイモを布巾で包んで、皮を左右に開くように指を滑らせると、簡単に剥けます。冷めると剥きにくくなるので、なるべく手早く行います」
実演しながら教える私の手元をじっと観察していたシュヴァルツ様は、見様見真似で布巾にジャガイモを載せる。そしてギュッと左右に力を籠めて、
「……砕けた」
「え!?」
彼の手の中のお芋さんは、見事にマッシュポテトになっていました。……握力が違いすぎる。
「だ……大丈夫ですよ! どうせ後から潰すので、手間が省けました!」
そこはかとなく打ちひしがれるシュヴァルツ様を、私は全力で励ます。
「あ、粉々になっても、芽は必ず取ってくださいね」
「芽?」
「これです」
私はジャガイモにあるいくつかの窪みを指差す。
「スプーンで掘り出します」
「何故、そんなチマチマしたことを?」
「ジャガイモの芽には毒があるんです」
私の答えに、彼は上目遣いに二秒ほど考えて、
「今までなんともなかったぞ?」
……ご無事でなによりです。
「なにかあったら困りますから、全部取り除きましょうね」
「むう。ジャガイモの皮剥きは手間がかかるのだな。木を伐採して堤防を作る方がよっぽど楽だ」
……比較対象が豪快ですね。
百戦錬磨の将軍と、なんの力もない使用人は、揃ってジャガイモの山の攻略に励みました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。