第29話 サボテン

 オーブンの中から美味しい香りが漂い始める。

 今日の夕食はミートローフです。型にひき肉を入れて焼く料理ですが。肉だねには野菜をたっぷり刻んで混ぜて、中央にはゆで卵を仕込みました。付け合せの温野菜も万全です。

 ダイニングでテーブルのセッティングをしていると、玄関のドアの開く音がする。


「おかえりなさいませ」


「うむ、ただいま」


「コートをお預かりしますね」


 いつものようにお出迎えして上着を受け取ろうと手を伸ばした私に、


「コートは自分でやる。それよりこれを」


 シュヴァルツ様が差し出したのは、小さなサボテンの鉢植え。ミニチュアの玩具かと思って受け取ってみたら、普通に4号サイズの植木鉢でした。……私とシュヴァルツ様の手の大きさが違い過ぎて縮尺が狂う。


「これは何でしょう?」


「サボテンという南方の植物だ」


 それは知ってます。


「どこかからの戴き物ですか?」


 なぜ、仕事に行った将軍が鉢植えを持って帰ってきたのだろう?

 もふもふの棘がついた丸っこいフォルムのサボテンを両手に持って首を傾げる私に、彼はちょっと頬を赤らめて、


「ふ……服の礼に。女性に感謝を伝えるには何がいいかと将軍俺の補佐官に訊いたら、花が一番だというので……」


「それで、サボテンですか」


「花屋で丈夫で扱いやすい花はないかと尋ねたら、この品種は水やりも数日に一度でいいし、放置していても育つと言われたので、これにした」


 リボンも掛けていない、素焼きの鉢植え。

 ……それ、完全に『女性に贈る』って言葉を伝え忘れてますよね? 花屋さんに。


「え? でも花って……」


 手の中のサボテンは青々と元気だけど、花はない。


「三年に一度くらい咲くそうだ。黄色い花が」


 ……。


「……ふふっ」


 私は思わず声に出して笑ってしまった。


「な、なんだ? 気に入らなかったのか?」


 突然笑い出した私に動揺するシュヴァルツ様に、私は「いいえ」と首を振る。

 だって、一生懸命花を選ぶ彼を想像したら可笑おかしすぎて……涙が出るほど嬉しい。

 私は目尻に浮かんだ涙を拭って、笑顔のまま彼を見る。


「ありがとうございます、シュヴァルツ様。最高のプレゼントです」


 彼が私の為に選んでくれた贈り物。どうしよう、幸せで苦しいくらいだ。


「大切にしますね。私のお部屋の一番日当たりの良い窓辺に置きます」


「そうか。気に入ったのなら良かった」


 シュヴァルツ様も安堵したように微笑み返す。

 ――三年に一度咲くという黄色い花。

 次に咲くのがいつか判らないけど……シュヴァルツ様と一緒に見れたらいいなって思った。

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