第22話 ミシンが来た!

「ごめんくださーい」


 玄関のドアノッカーが鳴らされたのは、とある日の昼下がりのことでした。

 ガスターギュ邸に来客なんて珍しい。


「はーい」


 私は手にしていたハタキを置いてドアを開けた。玄関ポーチには、男性が二人居て、私の胸の高さまでありそうな木箱を抱えている。


「ガスターギュ様へお届け物です。どちらに置きましょうか?」


「ご苦労様です。とりあえず、ここに」


 中身は解らないけど、とりあえず玄関ホールの隅に置いてもらう。


「では、またご贔屓に」


 配送業者が帰ると、私は箱を見回してみる。……私一人が入れそうな大きさ。


「ん~!」


 動かそうにも持ち上がらない。多分、重さも私くらいありそう。

 執事なら中を確認するけど、一介のメイドである私が開けるのはまずいよね。とりあえずそのまま置いておこう。

 私は箱を放置して家事を再開しましたが……。

 ……中身はとんでもないシロモノでした。


◆ ◇ ◆ ◇


「ただいま」


「おかえりなさいませ!」


 夕方、帰宅したご主人様のお出迎えをする。

 シュヴァルツ様は、コートを脱ぎながらふと、隅に置かれた巨大な箱に気がついた。


「なんだこれは?」


「シュヴァルツ様へのお届け物です」


 訝しむ彼に伝えると、思い至ったように「ああ」と頷いた。


「これ、お前にだ」


「私に?」


 言いながら、バールも使わず釘を打ってある木箱の蓋を素手で開けるシュヴァルツ様(すごい!)に、私も中を覗き込む。そこには……、


「ミシン……!」


 黒い金属製の本体に折りたたみの作業台がついた、足踏みミシン。しかも、縫い方が5段階も変えられる工業用だ!


「どうしたんですか、これ?」


「前にミシェルの話を聞いて、便利そうだから買ってみた」


「かかか買った!?」


 私はびっくり仰天だ。


「買ったって、高かったでしょう!?」


「家よりは安かった」


 そりゃそうでしょう!

 でも……、比較対象が家になるくらいのお値段なのですよっ。


「え? これ、私が使っていいんですか?」


「使っても使わなくてもいい。使い方、知らないのか?」


「知ってますけど……」


 私は家計の足しにと縫製工場でお針子をしたことがあるから、ミシンを使ったことがある。


「なら、ミシェルが使いたい時に自由に使うといい。俺は使えん」


 ……自由にって……。


「でも、これ、最新機種ですよね? もっとお手頃な品もあったのでは?」


「どうせなら、良い物の方が長く使えるだろう」


 それって……私も長くここに居ていいってことでしょうか?


「どこに置く?」


「ええと、作業スペースの広く取れる所が……」


「では、二階の空いている客室だな」


 男性二人がかりで運んできたミシンを、シュヴァルツ様は一人で軽々持ち上げて階段を上っていく。


「……ありがとうございます。シュヴァルツ様」


 これでお屋敷の古着のリメイクも捗るし、彼の新しい衣類も増やせる。

 たけど……。だけどっ!


(自分の使わない機械を、使用人との雑談から買っちゃうの!?)


 ……迂闊なことを言ったら、城まで買い与えられかねない……。

 これからはくれぐれも言動には注意しよう。

 そう心に誓う私でした。

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