第14話 鬼神の『狂気』


 『天下風雷ノ陣・大狂界天狗道』により、超強化された阿修羅との近接戦闘を強制された状態になってしまった大天狗クラマ。

 大太刀を用いた武技を得意とするクラマではあるが、さすがにどんな相手にも武技を通してきたわけではなく、高ランクの天狗は基本的に神通力を用いた戦闘スタイルを主な形にするのもあり、完全に出方が分からなくなってしまうという危機的状況に陥ってしまっている。



(……アビリティも……スキルも一部封じられておる……話に聞いていた以上の力だ。これほどまでに強力な力……確実に弱点が存在するはず)


「弱点は敵味方関係なく影響を与えてしまうことだ。自身は『他耳通』の警戒はせんのだな」


「貴様も神通力を使えるのか……」


「さぁ……戦に狂おうッ!」



――ドンッ!



 阿修羅が三明の神剣とともに勢いよくクラマに向かっていく。

 クラマは闘気を張り巡らせながら、三明の神剣の軌道をしっかりと見極める。未知の状況ではあるが、低位の天狗だった頃から幾度となく経験してきた修羅場がクラマの神経を研ぎ澄まさせていた。


 天狗が得意とする風の力を含んだ闘気を宝刀大太刀である『天嵐鎌鼬』に纏わせる。



「『絶風ノ鎌鼬』ッ!!」


「その程度じゃスキルを出すにも至らんぞッ!」



――ズガァァァァンッ!



「ぐううぅぅぅッ!?」



 クラマの武技は阿修羅の禍々しい闘気を纏っただけのスキルではなく、ただの正拳突きに打ち砕かれる。

 勢いよく吹き飛ばされながらも空中で体勢を整え、狂気に満ちた笑みを浮かべながら、真っ直ぐに突っ込んで来る阿修羅を迎撃すべく、大太刀に魔力を纏わせる。


 三明の神剣を相手が煩わしく感じるような飛ばし方で配置しながら、阿修羅はクラマの様子を自身が『暴虐フォルテ』の影響でステータス上昇をし続けていることで把握する。


 対象が弱れば弱るほど強くなる非道なる力こそが『暴虐フォルテ』の真髄、言うならば一度発動させてしまえば差が広がり続けるだけになるので逆転を決してさせない力とも言えよう。



「我ら天狗を舐めるでないッ!」


「言葉などいらんッ!」



――ドシャァァァァァァンッ!



 クラマと阿修羅の一撃がぶつかり合い、周囲に凄まじい衝撃波を撒き散らす、鍔迫り合いになれば三明の神剣のどれかが絶え間なく襲い掛かってくるので、クラマとしてはすぐに距離をとらざる終えない状況だが、阿修羅が間髪入れずに詰めてくるのでジリ貧状態だ。


 そしてその追い詰められる状況が、さらなる『暴虐フォルテ』の力を呼び、阿修羅の動きにキレが増すことに繋がる。


 空中を飛べるという天狗の利点を活かそうとしても、恐ろしい反応速度で詰めてくる阿修羅相手に手が無くなっていくクラマ。



――ガシャンッ!



「貴様のような者がどうして新米魔王についている!?」


「ゴブリンだった俺に頂点の景色を見せてくれると誓ってくれたお方だ……若のためなら天狗の鼻だって折に行くさッ!」


「鬼風情がッ!」



 天狗の飛行力を活かした攻撃を、阿修羅は何故か宙を蹴り飛ばしながら交じり合う。

 時には三明の神剣たちを足場へと変えながら、空中戦でもクラマを追い詰めていく阿修羅に、クラマは考える間もなく攻め続けられている。


 僅か数瞬の間に傷だらけになり、絶体絶命の状況へと追い詰められたクラマと、クラマが追い詰められたことで『暴虐フォルテ』のステータス強化が最大限に達しようとしている阿修羅。


 湧き上がる力に少し酔っているのか、狂気に染まったかのように見える瞳をクラマへと強く向ける。



「噂に聞いていた大天狗……面白い時間になった」


「こんなところで……果てる訳にはいかぬ、我の後ろにはハテン様がおられるのだ」


「すぐ貴様の後を追わせよう……天で仲良くすることだ」


「……まだ終わらん」



 クラマが残る全ての力を大太刀に集中させる。


 この状況化でクラマの周囲に凄まじいほどの風の力が集まっていくのを見て、阿修羅は自身の血肉が湧き上がるのを感じ、顕明蓮を右手に掴み、『暴虐フォルテ』の力を混ぜた歪な闘気を纏わせる。


 『居合』の構えで阿修羅から後の先を取って一撃に賭けるクラマと、単純な力だけで一撃で仕留めてやろうとする阿修羅。



「確実に仕留める方法よりも……大天狗を力で制してみせようじゃないか」


「若鬼が……ハテン様のところへは行かせぬ」



――ゴゴゴゴゴゴッ



 『天下風雷ノ陣・大狂界天狗道』の空間全体が地鳴りのような音とともに震えはじめる。

 ダンジョン全体が魔物たちの壊滅により弱り切り、リーダーであるクラマも絶体絶命な危機へと陥ったことで、『暴虐フォルテ』の効力がダンジョン全体を震わせるほどの力へと膨れ上がっているのだ。


 顕明蓮に纏わせていたはずの歪な闘気は赤黒さを増し、剣だけでなく阿修羅全体を纏うまでに広がり続ける。


 そして…。



「『覇道・八雲物語ヤクモノガタリ』」


「『木之葉風返し』」



――ドシャァァァァァァン!!



 衝突するのは同時かと思える速さで繰り出される八つの斬撃と、風を裂くカウンターの居合斬り。


 すれ違った阿修羅とクラマを中心に地面は裂け、『天下風雷ノ陣・大狂界天狗道』の影響で周囲を覆っていたドス黒い空間も同時に消滅する。



――ドシャリッ



 すれ違った後、少し間を置いて倒れたのは大天狗クラマ。


 大量の血を地面に広げながら、近づいてくる阿修羅のほうに少しだけ顔を向ける。



「……我ら天狗が……元ゴブリンに敗れるというのか……?」


「単純な力の差だ。若は頂点に立つ魔王、天で主人と見ているがいい」


「………申し訳ありませぬ。ハテン様」


「………」



 光の粒となって消えゆくクラマを見守る阿修羅。

 

 その表情は心躍ったクラマとの殺し合いを惜しむかのような色を出している。

 もちろん強さ的には『罪の牢獄』の誰かしらと戦った方が良いのだが、阿修羅はまだ見ぬ敵と戦いたいと思っていたので、同じEXランクで真名持ちだった大天狗クラマとの戦いは、本当に心躍る時間に感じていたのだ。


 結果を見れば、阿修羅の完勝だった戦いであり、この結果は『大罪』と『天狗』の戦いの結果を表すもの。


 

「いかんな……浸っていては五右衛門に先を越されてしまうな」



 五右衛門に先を行かれるのが癪に感じた阿修羅は、すぐに頭を切り替えて頂上を見る。

 すぐそこまで来ている頂上には今戦ったクラマほどの気配を感じないので、完全にクラマが最終関門だったんだろうと予測する阿修羅。


 この『天狗の寝床』を制し、自分の主が為すことを確実に成功させるための第一歩として、失敗することは許されないので、強敵を倒しはしたが確実に『天狗の魔王』を仕留めるまで油断は禁物だと、再び緊張感をその身に纏わせる。



「若が言っていた2人でも討伐できる理由……なるほど、確かに理解できる」



 阿修羅は『天狗の寝床』襲撃前にソウイチが言っていたことを思い返す。


 「この世界の魔王……大体は生きてきた年数なんて関係ない、まぁ簡単に言えば、みんなが一番強いと思ってるから分からせて来てくれ」


 

「ふむ……若の言葉やはり染みるな。分からせに行くとしよう」



――ドンッ!



 阿修羅は脚に力を入れて、大きく頂上にむけて跳ぶ。

 

 ただソウイチに言われたまま……圧倒的なまで力を振りかざすために。



 

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