第9話 その『瞳』に映るのは?


 『悪逆トゥリーズン』が仕掛けた、エルを解放するためにも行わなければいけないが、あまりにもリスクが大きいゲーム。

 自分たちの命、そして家族の危機を同時に突き付けられた学生たちは冷静さを崩されようとしていた。


 しかし…。



「最初は俺が行くよ……とっとと終わらせて、みんなで元気に帰ろう」



 ルークの力強い一言が4人に安心感と冷静さを与えてくれる。

 5試合に挑んでくれる面子はEXランクが3人、そして元勇者。そしてルークは4人が1番間近で見てきた強者だ。

 そんな5人が挑んでくれるということを改めて認識し、今のルークの言葉を受けて4人はしっかりと冷静さを取り戻せたようだ。



「負けたら承知しないわよ!」


「頑張ってください!」


「頼むぞルーク」


「…よろしく」



 思い思いの言葉をルークに伝えていく。

 カノンにアルバス、そしてソラはルークの精神的な成長に感心している。昔はどちらかと言えば後ろに立つことに美学を感じているようなタイプだったが、今のルークにはパーティーを引っ張るリーダーとしての素質が宿っているように見えたのだ。


 ルークは怒りを頑張って制御しつつ、出来るだけ脱力状態を維持するよう心掛けて、前へと力強く進んだ。



「先鋒はアナタですか……意外ではありますが、楽しんでいただきましょう!」



 広間中央に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 

 そこから現れたのは全身を赤黒いオーラで纏ったルークの倍以上はあろう身長をもった男だった。

 斧のような大剣を片手で担ぎ、関節を動きやすいように極力軽くて面積の少ないことを想定された鎧、血走った目でルークを捉えた大男は雄叫びを上げる。



「ウオォォォォォッ!」



 人間とは思えないほどの速さで勢いよくルークに向かって飛ぶように走る大男。

 纏う闘気と巨体に似合わぬ爆発力のある速度を見て、ダンジョン跡地で戦ってきた狂戦士の一種だと認識したルーク。


 そんなルークに大男は全力の一撃を叩き込む。



――ズガァァァァンッ!



 結界で守られた広間を陥没させるのではないかと思わせるような一撃。当たれば確実に助かることはないだろうと思わせるには十分な威力に、見守っていた学生4人に緊張が走る。



「速さとパワー、1人でやるには面倒だな」



 気付けばルークは大男が魔法陣で現れた位置で腕を組みながら立っていた。

 自分の視界に映る場所に自在に転移出来る『瞳に映る未知の世界テレポーテーション』だ。物の中に物を転移させたりは出来ないが、視界の確保さえ出来ていれば回避することなんてルークからすれば朝飯前のことなのだ。


 近接戦闘が売りのパワータイプとの戦闘、逃げ続けることならば容易に感じるルークだが、仕留めるとなると話が違ってくる。

 味方を敵の近くに飛ばしたり、一緒に回避したりすることが戦闘スタイルのルーク、1人で戦うことを想定していない分、どうやって勝つか頭を悩ませていた。



「ガァァァァァッ!」



 ルークの能力を見たとしても、お構いなしに突っ込んでいく大男。先ほどよりも速く、そして強い殺意をこめて一撃を振り下ろす。

 速度が上がったことに少し驚くルークだったが、先ほどとやることは変わらない。



――ドガァァァァァンッ!



 ルークは再び『瞳に映る未知の世界テレポーテーション』を使用して大男から距離をとるように転移をする。

 

 戦場となっている大広間は結界に守られて、地形が変わるようなこともなく、頭上にあるシャンデリアが破壊されることもないようになっている。

 どうにか物を使ってでも短期決戦にしておきたいルークだったが、それも敵側に見極められているのか、利用できそうな物がまったくないという状況。



「形振り構ってはいられないな」


「ガァァァァァッ!」



 大男の速さが増していく。

 反転してくる速さ、武器を振り下ろす速さ、そして転移したルークに気付くまでの速さもどんどん増していき、まるでモグラたたきのような状況が生まれていく。


 しかしルークの『瞳に映る未知の世界テレポーテーション』は時空間魔法のように大きく魔力を消費するような技ではない。

 クールタイムも僅かなおかげで連発が可能で、消耗が少ないのが『瞳に映る未知の世界テレポーテーション』の良いところでもあるのだ。


 ルークは攻撃を受ける瞬間に大男の背後に跳ぶように連続『瞳に映る未知の世界テレポーテーション』を行う。



「喰らえよッ!」



――ズゴォッ!



 大男の後頭部を狙ったルークの踵落としが炸裂する。


 しかし、ルークが感じる限りまったくダメージが入っておらず、脳が揺れている様子も見られていないと判断したルークはすぐに距離をとるように転移する。



「ガァァァァァッ!」


「打撃スキルも、ちょっとは練習してるんだけどな」



 空中に転移してからの体重を乗せた踵落としがノーダメージなのに少しショックを受けているルーク。

 攻撃スキルに乏しいルークは学園で、自分と相性の良さそうなスキルを習得出来るように努めているが、さすがにまだまだ強靭な魔物に通用するようなレベルには至ってはいないようだ。


 大男の攻撃を再び避け続けるルーク。

 それを見守る面々は、少し心配になってきたてはいたが、カノンたちはルークの戦闘スタイルが、どちらかと言えば隙を見て1撃で大ダメージを与えるようなスタイルなのを知っている分、まだ余裕をもって転移できているルークを見て安心していた。



「……」



 さすがに逃げ回りながらチクチク攻撃するだけでは、この魔物を倒すことは出来ないということを判断したルークは、どうにか致命的な一発を与えるためにもリスクを負って行こうと覚悟を決める。


 その時。



――ピカッ!!



「なっ!?」



 頭上にあったシャンデリアが突然、眩いばかりの光を放つ。

 周囲を照らす激しい光はルークの視界を遮らせるには十分だった。


 まるでシャンデリアが照らし出されると知っていたかのように、大男は腕で目を守るルークに対して突撃を仕掛ける。



「ウオォォォォォッ!」


「そんなことだろうとは思ってたけどッ!」



 ルークは大男が迫ってくるのを感じながら、魔力を集中させる。

 視界が確保出来ないルークの『瞳に映る未知の世界テレポーテーション』の弱点を攻めてくる敵、こういったシチュエーションは初めてではないのだ。


 瞳に魔力を集中させて、ルークはぼやける目をしっかり開いて正面を見る。

 まばゆい光を背にして突進をしかけている大男がモザイクかのような感じで、迫ってきているのがなんとなく分かった。


 『瞳に映る未知の世界テレポーテーション』の第2能力。

  視界がぼやけている時限定という使いどころが少ない力ではあるが、自分の能力を知っている相手が対策してきた場合に使いやすい技、それが『瞳に映る陽炎の世界パニッシュメント』。



――ガシャンッ!



「オォ!?」



 大男が振り下ろそうとしていた武器は気付けば消えており、大男の背後に突き刺さるように転移していた。


 ぼやけた視界の中に映るモノをランダムに転移させることが出来る力、それが『瞳に映る陽炎の世界パニッシュメント』。

 そして『瞳に映る陽炎の世界パニッシュメント』は魔力をそれなりに使用するが、連続で使用することが出来るのだ。



――ブシュッ!! ゴトッ!



「ん? 頭が跳んだか?」



 ドシャンッ! という音とともに倒れる大男をなんとなく見ることが出来ていたルークは目を擦りながら、視界を取り戻そうとする。

 運良く2回目で頭部をピンポイントで転移させて即死させたルーク、身体の一部だろうが関係なしに跳ばすことが出来るのが『瞳に映る陽炎の世界パニッシュメント』なのだ。



「まぁ運で勝ったってのは……黙っておこう」



 想定よりも魔力を使用してしまったことに少し不満を抱くルークだったが、危ないところもありながら、勝つことが出来たのにとりあえずは安堵して、喜んでくれている学生仲間たちの下へと、ゆっくりと歩いていく。


 敗北してしまった『悪逆トゥリーズン』は不気味な笑い声を抑えずに続けていた。



 

 

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