第10話 先手をとる『霧』


 『夢幻の星ドリームスター』の面々を配下に加えることに成功した翌日。

 俺は「紅蓮の蝶々」が「迷宮絶霧」から帰還して、報告が来るのを心待ちにしていた。ダンジョン構造が気になるし、どんな魔物が生息しているのかも魔王として気になるからな。

 

 昼食を食べてコアルームで罠について考えているとメルが膝上でプヨプヨと震える。



「ますたー、蝶々が帰ってきたよ」


「おっ! 帰ってきたか」



 とりあえず今の仕事を切り上げて報告を聞きに行こうか? さすがに帰ってきたばかりだから休んでもらってからのほうがいいか…。

 好奇心というのは抑えておいた方が良いものかもしれんから、一旦は休ませる方向で行くか。



「でも何か体に引っ付いてる」


「……『霧』の仕業か?」


「たぶんそう……魔力は感じるけど感情は感じない」


「みんなに相談するか」


「はーい♪」



 報告しに来てくれたメルを撫でながら、何人かに今の報告を伝える。

 予想通り『霧』の魔王っぽいので、どのような形で接触してくるか分からなかったけど、まさか先手を仕掛けられるなんて思っていなかった。

 俺に会うのが目的か? それともアークに何か仕掛けるのが目的なのか分からないけど、事前に何個か対策は考えてあるし、メルが捕捉出来ているなら安心できる。


 休憩してもらいたかったが、俺は居住区に新しく作った会議室に「紅蓮の蝶々」のリーダーのレディッシュと何かに張り付かれているカイルを呼ぶことにした。








――『罪の牢獄』 居住区 会議室



 「紅蓮の蝶々」の2人がポラールに案内されて会議室に入ってくる。

 入った瞬間、会議室にいる面子が凄くて驚いたような表情をしている2人、ちなみに会議室にいるのは俺とイデア、それにメルと阿修羅に五右衛門だ。今入ってきたポラールも含めると豪勢なメンバーだ。


 そしてここまでしっかりカイルに張り付いている何かしらに全員気付いているので各々品定めするようにカイルを見ている。



「まず……2人ともご苦労様。座ってくれ」


「何やらただ事じゃなさそうね」


「……何か問題が?」


「とりあえず……そろそろ出てきたらどうだ? 『霧』の関係者さん?」



――ブワァッ



 カイルの体から霧吹きが出てくる。

 その霧は人のような形になり、手をグッパーして感覚を確かめているようだ。

 そして人の形をした霧のような魔力が俺たちを見る。かなり応用が効く便利そうな能力で少し羨ましい。



『さすがにバレてたか』


「便利な能力で羨ましい……」


『バレバレじゃ意味ないな。初めまして『大罪の魔王』』


「魔王本人が操っているのか」



 ダンジョンから能力を使って話をしているんだろう。それなりに距離があっても自由自在ってことなのか。

 俺が使用しているフォルカと少しだけ似たような使い方が出来る便利な能力に見える。

 それと霧が形を成しているのを見ると、魔物も似たような力を使える可能性が高いので、この話し合い次第では偵察がアークにたくさん来る可能性がある。



『『霧の魔王ミストル』だ。冒険者がどこから来たか把握しておくのが癖でね』


「なるほど、見ての通り「紅蓮の蝶々」は俺の仲間なんですよ」


『本当にルーキーか? ここに着いた瞬間から俺のこと気付いていたな?』


「優秀な仲間が多いもんでしてね」


『……でお仲間をダンジョンに送り込んで何の用だい?』



 ミストルが俺にダンジョンに偵察を寄こした理由を聞いてくる。

 そんな敵対するような感じじゃないし、かなり慎重なタイプのようで、どこか俺に似ているような気が少しだけする。

 ここで迫られるのは敵対するのか良き隣人であるのか、今後干渉する気はないというのかって感じが選択肢なんだけど、どうしたもんかな。



『俺はこれまで通り干渉するつもりは無い』


「こっちとしては帝国領南地域を制圧する予定なんだ」


『……とんでもない事を言うルーキーだな』



 俺みたいなルーキーが制圧なんて言っているので、さすがに驚いているようだ。

 街を創ることもなく、ただダンジョンとしてやっている「迷宮絶霧」からしたらビックリな話だろう。

 そしてミストルが考えるのは俺と敵対しておくかどうかって話だ。ルーキーが制圧なんて言っていても夢物語にしか聞こえていないだろう。

 別に俺としてはどっちでもいいし、南地域を制圧するにしてもダンジョンや街を支配しようだなんて思っていない。ただ邪魔をせず味方してくれると非常にありがたいという話だ。



『俺に害が無いなら好きにしてくれて構わない。普通の魔王としてやらしてもらえるなら何があろうと興味はないしな』


「そんなとこだろうと思いましたよ」


『ルーキーが名を広めてくれれば、俺のダンジョンにもさらに冒険者が攻略しに来てくれそうだからな。期待しておくよ』


「互いに深い干渉がないことを願っています」


『それはお互い様だな。まぁ頑張ってくれ』



 そう言ってミストルが使用していた能力は消えていった。

 話が分かる魔王で助かった。こっちの戦力や考えをすぐに見極める感じ、かなりのやり手に感じたし、自分のダンジョンに自信があるんだろう。

 ダンジョン運営に特化させている魔王、冒険者をダンジョンで迎え撃つことだけを考えるってのは、また違う大変さがありそうだ。


 出来れば今後も敵対したくない先輩だ。


 とりあえず「紅蓮の蝶々」にはダンジョンの軽い構造と世話話を聞いて、さっそくルビウスに少しの間拠点を移してもらい、「サソリ大砂漠」の調査に出てもらうことにした。

 もちろん攻略することではなくて、調査が目的なので無理せず頑張ってほしいとも伝えたので大丈夫だろう。



「『霧』か……かなり応用の効きそうな凄い能力だ」


「いいのですか? 互いに干渉しないような形になりましたが」


「ダンジョンが『罪の牢獄』だけじゃ盛り上がらない。それに他者に自分から害を与えるタイプには見えなかった。それにああいうタイプは魔王戦争やダンジョンに攻め込まれることに絶対的な自信を持っているように感じたんだ。」


「若がそう考えるなら大丈夫だろう」


「ますたー眠くなってきた」



 これでまた1つの帝国領南を自由にするための進行が1つ進んだと思って大丈夫だろう。

 「サソリ大砂漠」はけっこうな距離があるから接触を図るまでは、それなりに時間がかかる。1度行けばポラールやガラクシアが転移魔法陣を設置できるので行き来自由になる。


 さらに先のダンジョンや街と交流を図るころには聖国に集まる勇者たちが次の討伐予定にする魔王を決める催しが始まってしまうかもしれないので計画的に動かないといけない。

 聖国に上手く入りこめれるようにアクィナスさんに声をかけておくのが良さそうだな。



「まぁ焦っても仕方ないな」



 今日やりたいことの1つがスムーズに終わった。先輩魔王に生意気なことを言った流れだったが寛大な魔王で助かった。

 ゆっくり休むとするか…。









――アーク 商業区域 とある喫茶店



「パンケーキ美味しいー♪」


「そりゃよかった」



 少し落ち着いたので一度来たことのある店にガラクシアと2人で来ている。人間にまったくバレないってのは相変わらず凄いものだ。

 何かご褒美欲しいかという話を不意に聞いてみたら、2人で出かけたいとのことだったので、のんびりしつつ店に入ってデザートタイムだ。


 ガラクシアはパンケーキとアークが誇る林檎の紅茶を選び、俺は珈琲とバニラアイスを食べている。



「人が多くなったね!」


「街自体が最初より1.5倍広くしてるからな」



 街の人が寝ている時に少しずつ大きくしたので意外と気付かれていないはず。


 どの店もそこそこ繁盛しているようで、冒険者が多くなった分、出ている店のジャンルは冒険者よりだけど、多くの商会が参入してくれているおかげで娯楽も増えて、カジノだったり子どもでも楽しめるような施設も増えていて住民の多くが楽しく暮らせているように感じる。


 そして俺が掲げている、どの種族も仲良く互いを尊重することという理想も重要視してくれていて、ちょっとした喧嘩はもちろんあるけれど、基本的には平和にやってくれている。

 


「マスター、食べないと溶けちゃうよ?」


「悪い悪い、もう食べたのか?」


「うん♪ おかわりしていい?」


「いいぞ」


「やったー!」



 やろうと思えば国1つを1晩で陥落させれるような魔物がこんなに可愛くて一緒に戦ってくれるってのは改めて考えると凄いことだよなぁ。

 しかも『枢要悪の祭典クライム・アルマ』はこの世界の野生では存在が確認されておらず、最古の魔王たちのみが配下にしているような存在だったのに、うちには10体も居てくれる。

 みんな個性的でいい奴ばっかだから一緒に居て楽しいし、出来ることならばずっと一緒に居て欲しい存在だ。

 

 おかわりのパンケーキがきて、ウキウキの笑顔を見せてくれるガラクシア。

 フォークで刺したパンケーキを笑顔で差し出してくる。



「マスターあーん♪」


「あーん」



 今日もアークは平和である。

 「サソリ大砂漠」の調査とこっちに仕掛けてくる何かが無い期間はゆっくりするとしよう。



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