回想④ タトリはずっと、先輩だけの後輩っす


 駆け付けた辻園伊鞘の手によって、ウェンリムはあっという間に無力化された。

 B級冒険者同士の対決にしてはやけに呆気ない決着に、自分との力量差を見せ付けられたようでなんとも不愉快だ。

 ……まぁそれくらいなら、助けてくれたことに免じておかなくもない。


 何はともあれ倒されたウェンリムは魔封じの腕輪を着けられ、念のためにと鉱山に残っていた縄で身動きが取れないように拘束された。

 ちなみに腕輪はタトリに付けられたのを解錠して付け替えた物だ。


 そのまま犯罪者に堕ちたウェンリムを連れて街に戻る……のは明日になった。

 今から戻ろうにも陽が沈み掛けているため、道中で夜になってしまう。

 急ごうにもケガ人のタトリと気絶してるウェンリムを抱え、モンスターを警戒しながら進むのはリスクしかない。


 そんな訳で雨風を凌ぐ意味も含めて、鉱山にある洞窟の中で夜が明けるのを待つことになったのである。

 とはいえ自分を殺そうしたヤツと同じ空間に居るのはイヤだったので、ウェンリムだけは別の一角に寝かせておいた。

 まぁ倒した人曰く、丸一日は気絶したままらしいけど。 


 そうして今、タトリは辻園伊鞘と焚き火を囲んで身体を休めていた。

 野営の準備を進める彼を余所に、負傷した足を治すために治癒魔法を発動させる。


「──ハイ・ヒーリング」


 右足を仄かな光が包み込むと痛みが徐々に引いていき、傷一つ残らずに治った。

 しかし失った血は戻ってないから安静に努める。

 それもさらに上位の治癒魔法を使うことで解決するけど、明日の帰りを考慮すると魔力は温存しておくに越したことは無い。

 この程度でも一晩休めば歩くには十分回復出来る。


「ケガは治ったのか?」

「見ての通りっすよ」

「痛みとか残ってないか心配なだけだよ」

「余計なお世話っす」


 治療の様子を横目で見ていたらしい辻園伊鞘の問いに素っ気なく返す。

 その心配に不純が混じっていないのは明らかなのに、妙な気恥ずかしさから咄嗟に冷たくなってしまった。


「そっか。なら安心したよ」

「……」


 袖にされたにも関わらず、彼はホッと胸を撫で下ろしてみせた。

 微塵の怒りも不満も懐かないままで、むしろこっちの調子が狂わされて閉口してしまう。


 少しでも気まずさから逃れようと、目を合わせないまま膝を抱える。


「なんで、助けに来たんっすか?」

「ウェンリム相手にも言っただろ? アイツが雇った野党を返り討ちにして、フェアリンさんの暗殺計画を聞き出したからな。パーティー組んでる後輩の危機なんだから行かない方がどうかしてるって」

「あとで報酬でもせびったりとかしないっすよね?」

「しないって。状況が状況だったんだから無償だよ」

「じゃあ身体目当て──」

「だったら三ヶ月もパーティー続いてないって」


 タトリの邪推を彼はのらりくらりと躱していく。

 横目で見た思考に偽りは無く、内心で怒った様子も無い。

 そもそもウェンリム相手に説明してた時にも嘘は一つも見当たらなかった。


 ……ホント、助けられたのに憎まれ口しか出ない自分が今だけはイヤになる。


 そもそも一晩を共にする相手にどう声を掛ければ良いか分からない。

 こういう状況が初めてなのもあるが、どうしてか辻園伊鞘を視界に入れると無性に緊張してしまうせいだ。

 別行動するまではこんな風にならなかったのに、変に意識してしまう自分に困惑を隠せない。


『──間に合って良かった』


 あの言葉を掛けられてからずっとこんな調子だ。

 助けてあわよくばなんて打算も何も無い、純粋にタトリの身を案じたあの言葉と笑みが頭から離れない。

 思考と言動に一切の齟齬が無いと目で見て分かったからこそ、どう受け止めればいいのか分からなかった。


 いや、ここまで来ると意固地になって目を逸らすのも限界だ。

 我が強い自覚はあるがいい加減に認めるべきだろう。


 ──辻園伊鞘はタトリが見てきた欲に塗れた人間とは違うのだと。


 思えば彼は初対面の時以外、一切の情欲を向けてこない。

 ギルドの決定とはいえ、タトリみたいな超美少女が同じパーティーなのに不思議な話だ。

 まぁ不躾な眼差しで見られない分、意外と居心地は悪くないのだが。


 家族以外でそんな人は初めてで、どう接すれば良いのか答えが出てこない。

 そこから会話の途切れから訪れた沈黙に数分ほど晒された後、無言に耐えきれなくなったタトリは思いつきである話題を投げ掛けることにした。


「……さっき、ウェンリムと戦ってた時、魔法斬ってったっすよね」

「え? あぁ」


 タトリの問いに彼は少しの戸惑いを混ぜながら首肯する。

 驚くことに辻園伊鞘はウェンリムが放つ数々の魔法を次々と斬り伏せていき、あっという間に距離を詰めて倒したのだ。

 自慢の魔法が通用せず、混乱で狼狽えるヤツの姿には胸がスカッとさせられた。


 それを可能にした技がどういう原理なのか気になったのだ。


「あれがアンタの魔法なんすか?」

「いや、俺が使えるのは身体強化だけだよ。それ以外は適正無しだから」

「は?」


 思わぬ返答に目を丸くして呆然としてしまう。

 嘘を言っているようには見えない、というか嘘じゃない。


 だとしたらアレは一体なんなのだ。

 表情からそんな疑問を察したのか、彼は『仕組みとしては単純だよ』と苦笑しながら答える。


「魔法と魔法が衝突した時、基本的には位の大きい魔法の方が勝つよな?」

「……まぁ、込められた魔力量が違うっすから」

「だろ? 俺がやったのは、相手が放った魔法を上回る魔力を剣に纏わせただけなんだ。あとはタイミングを合わせたら斬れるって仕組みだよ」

「…………は?」


 なんてことないように明かされた原理に、頭で理解するのに時間を要してしまう。

 簡単に言ってのけるが魔法を扱う身から言わせて貰えば、それはあまりにも常軌を逸した技術としか言い様がない。


 剣に魔力を纏わせて魔法を発動する技術自体は一般的なモノだ。

 だが相手の魔法を上回る魔力を込めるということは、それだけ自身の魔力消費が増える。

 彼がやってみせたように何度も繰り返しては、先にこちらの魔力が枯渇して自滅してしまうリスクが高い。

 ウェンリムのような魔力量に秀でているエルフの魔法使い相手なら尚更だ。


 なのに辻園伊鞘は戦闘中はおろかこうしている今も疲弊した様子はなかった。

 地球人の彼にはエルフを凌駕するほど魔力は無いのは明らかだ。

 だとすれば平然としている理由はただ一つ……精密かつ正確な魔力コントロールで以て、必要な魔力量を見極めて斬っているとしか思えない。


 何より困惑を覚えるのはアッサリと手の内を明かした彼の態度だ。

 他者に知られて対策される可能性をまるで考慮していない。


 いや違う。

 これはむしろ……。


「弱点としては剣じゃ対応出来ないくらい広範囲の魔法なんだけど……そういうのはどれだけ早くても魔力を込める溜めの瞬間が生まれる。その時間さえあれば距離を詰めるくらい難しくないよ」 


 臆面も無く言い切ったその表情に、思考を見るまでもなく確信した。


 彼が魔法を斬れると知った魔法使いは牽制の魔法すら放つのを躊躇い、ならばと広範囲で攻めようにも瞬く間に距離を詰められてしまう。

 剣士には間合いで有利を取れる魔法使いが不利を強いられることになるのだ。


 手の内を知られたところで大して問題にならない。

 それは最早、最高クラスの冒険者であるS級に匹敵する領域だ。


 A級に上がるという噂があるのも、元B級のウェンリムでは相手にならないのも当然の話だった。

 恐らくはタトリが十回戦ったところで十回負けるだろう。

 実際に戦うまでもなく容易に想像できるだけの差を感じる。


 だからこそ湧き上がってくる疑問を噤むことが出来なかった。


「なんで、そこまでするんすか?」

「ん?」

「金目当てにしては報酬が少ない依頼も受けるし、そもそもそんな腕を磨く必要もない。だから、そこまで強くなろうとする理由が分かんないっす……」


 言い終えてから口に出したことを後悔するが、撤回しては余計に気まずい空気になってしまう。

 かといって答えを急かすワケにいかない。

 どうしたモノかと逡巡している内に、彼から『自分語りになっちゃうんだけどさ』と前置きされる。


「俺が冒険者になったのは、借金を返す当てを欲しがった両親が勝手に登録したからなんだ」

「──……ぇ」


 齎された答えに驚くあまり茫然とか細い声を漏らしてしまう。

 思考から見て真実なのは分かってる。

 分かってるからこそ信じ難い理由に頭が真っ白になったのだ。


 聞いた限りでは彼が冒険者になったのは一年前の十二歳頃だったはず。

 いくらその年齢から登録可能とはいえ、そんな歳で死ぬ危険のある冒険者にさせられた事実に愕然とする他ない。


 動揺するタトリに彼は眉を下げながら続ける。


「俺の家は何もしないとその日の食事もままならないくらい貧乏でさ。借金を返すために少しでも稼ぐ必要があったんだ。依頼をこなしたりもっと高い報酬を得るために強くなるしかなかった。けどいくら稼いでも借金は返し切れなくて、その間に何度も死にそうになって……正直、なんで俺がこんな目にって何千回も親を恨んだ」


 どこか懐かしむような口振りで語る彼と対照的に、聞いてるだけのタトリはひたすら呆気に取られて絶句するしかなかった。

 恨んだというが無理も無い。

 親であろうと自分を死地に追いやるようなヤツを恨まないはずがないのだから。


「……アンタの親、どうしようもないクズっすよ」

「知ってる」 


 罵倒するタトリに賛同した言葉とは裏腹に、彼の思考に恨みは見当たらない。

 それどころかそんな環境に身を置いておきながら、どうしてあぁまで綺麗な心を持ち続けられているというのか。

 自分より恵まれてる人を数え切れないほど見てきたはずなのに、憎しみを懐かずに接していられるのか。 


「……そんなにイヤな目に遭ってるのに、なんでやめようだとか復讐しようとか思わないんすか?」


 気付けばそんな問いを口にしていた。

 その疑問を聞いた彼は一瞬だけ目を丸くしたけれど、すぐにフニャリと恥ずかしそうに苦笑して頬を掻きながら答えた。


「──助けてくれた人がいるから、かな」


 淀みなく言ってのけた綺麗事に目を奪われる。

 たったそれだけで?

 そう問う前に彼は続けた。


「いきなり冒険者になって右も左も分からない子供の俺を、一人前になるまで面倒を看てくれた師匠や先輩。異世界のことを知らない俺に色々と教えてくれた人もたくさんいる。あんなに気に掛けてくれた大人、初めてだったんだ。だから、その人達に恥じないようにありたいって決めた」


 嬉しそうに語る彼を、単純だとか馬鹿にすることは簡単かもしれない。

 けど、仮にそんな場面を目にしたらタトリは貶した人間を殴るだろう。


 だって……。


「依頼をこなした後で、冒険者ギルドに依頼した人に会う機会があってさ。俺が受けて達成してくれたおかげで助かったってお礼を言われたんだ。成り行きでなった冒険者だけど、依頼を通して誰かの助けになれるって知ったらさ……恨んでる暇なんて無いだろ?」


 こんなにも幸せそうな表情をしてしまうほど、透き通るくらい綺麗な心の持ち主をどうしてバカになんて出来るのだろうか。


 少なくとも、タトリにはもう出来そうに無い。

 触れることすら躊躇ってしまいそうな輝きに魅せられて、ようやく自分の中で起きた変化を自覚させられた。


 ──この人みたいになりたい。


 そんな子供じみた憧れと尊敬を懐いた。

 打算も見返りも無く、そうして貰ったからそうしたいと言えるような人に。

 人間嫌いのタトリでも人に憧れるなんて思いもしなかった。

 きっと誰よりも透明で純真な心を持つ辻園伊鞘だからこそ、タトリの胸に憧憬を持たせたのだ。


 同時に、この憧れは決して楽な道筋で無いことも理解している。


 人間は誰もが彼と同じように純粋ではない。

 ウェンリムみたく我欲に満ちていて、己の欲望のために他人を平気で蔑ろに出来てしまう。 憧れを持ったくらいで人間嫌いが改善するなんて、流石にそんな都合のいい話は起きない。

 それでも構わない。

 少しでも彼に近付けるなら愛想くらい振る舞えるようになってやる。


 人に敬意を持つだけで志が変わる今の自分を、数時間前の自分が見たらどれだけ驚くだろうか。

 そんな想像をするだけでも堪らず笑ってしまいそうになる。


「もちろん一番大きいのはキチンと稼げてることなんだけどな」


 そう苦笑しながら辻園伊鞘は話を締め括った。

 結局は金目当てなのかと思えるが、思考を見たタトリにはただの照れ隠しだと分かる。


 妙なとこで日和る姿が少し可愛いと感じてしまう。

 まさか人間にそんな感覚を持つとは。

 自分でも驚きを覚える中、タトリは彼に顔を向けながら口を開く。


「なのに借金は返せてないとかホント碌でもない親っすね。早く絶縁した方が良いっすよ──。




 ──

「良く言われ──へ?」


 不意打ちで口にした呼び方に、先輩はこれでもかと目を大きく見開いて茫然とする。

 その顔が見れただけで自然と頬が緩んでいく。

 呆ける先輩に構わずタトリは続けた。


「そういえばまだお礼を言ってなかったっすね。助けてくれてありがとうございました。それで、今まで酷い態度とって申し訳なかったっす」

「え、お、おぅ。別に気にしてな……ってあれ、聞き間違いじゃない? あのフェアリンさん、その先輩って……」

「だって冒険者としても歳的にも先輩の方が上じゃないっすか。なので後輩として正しい姿勢を示してるだけっすよ」

「それにしては凄い変わりようだけど!? 本当に大丈夫、フェアリンさん?」

「流石に命の危機に助けられたら、タトリにも思うところくらいあるっす。あ、呼び方も堅苦しくなくて良いっすよ? タトリって遠慮無く呼んで下さいっす!」

「えぇ……」


 唐突に距離を詰められたことに先輩は動揺を隠しきれない様子だ。

 呼び方と態度を変えただけでこれなら、実は他人の思考が見れると伝えたらどうなるのだろうか。

 それを思うと如何に自分の態度が酷かったのか痛感させられたが、過ぎたことはこの際仕方ないと流す。




 タトリにとってはここからが重要なのだから。


 困惑する先輩に向けてタトリはゆっくりと手を伸ばす……小指だけを立てて。


「先輩。一つ約束して欲しいことがあるっす」

「や、約束?」

「はいっす」


 混乱から立ち直れきれていない彼に頷いてから続ける。


「──タトリはずっと、先輩だけの後輩っす。だから先輩も、ずっとタトリの先輩でいて下さい」

「……」


 さながら誓いを立てるように約束を告げる。

 先輩はタトリの指先を見つめたまま逡巡しつつ目を逸らした。


「……分かったよ、タトリ。約束する」

「っ!」


 そこに渦巻く感情に微笑ましくなっている間に、決断した彼は差し出された小指を自身の指で結んで己の答えを示す。

 疚しさなんて欠片も無く、タトリの提案を心から喜んでくれた。

 応えてくれた嬉しさに胸が大きく弾む。


 あぁ、本当に憧れたのがこの人で良かった。

 溢れ出しそうなくらいの熱を宿らせる心に歓喜しながら、どこか恥ずかしそうにしている先輩にタトリはとびっきりの笑みを向ける。


「約束したんだから、絶対に破っちゃダメっすよ! 先輩!」

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