回想③ 誰よりも綺麗な輝きに魅せられて
その事件が起きたのは、人間──辻園伊鞘とパーティーを組んでから、そろそろ三ヶ月になろうとしていた時だった。
あの人との依頼をこなした後になんとなく……そう、些細な出来心から単独で依頼を受けたのだ。
依頼内容は廃棄された鉱山にあるミスリル鉱石の採取。
それだけならすぐに終わるだろうと踏んだのだが、待ち構えていたのはモンスターではなく人だった。
ただの盗賊とかならタトリでもどうにか出来る。
襲ってきた相手が元B級冒険者とかじゃなければ。
「死ね、混血! アイス・ニードル!」
「くっ……」
明確な憎悪と殺意を込めて放たれた魔法の
ただでさえ崖の近くだというのに、直撃していたらと思うと背筋にゾッとした悪寒が走る。
そんな恐怖を覚えていると、魔法を放った人物は憤慨で声を荒げて叫びだした。
「混血風情が私の魔法を避けるな!!」
「ムチャクチャ言うっすね、ホントに……」
避けなければ殺されるというのに、なんとも身勝手な主張だと呆れざるを得ない。
今のようにタトリを襲撃しているのは、先日に冒険者をクビになったエルフのウェンリムだ。
嘘の依頼で人気の無い鉱山にタトリを誘き出して殺す算段だったらしい。
寸でのところで気付けたから良かったものの、ついに手段を選ばなくなったようだ。
よほどクビにされたことが腹に立ったのだろう。
尤も、辞める羽目になったのはアイツの自業自得なのだが。
「貴様さえ居なければ私はA級冒険者として……いや、S級冒険者となって華々しく歴史に名を刻むはずだったのだ! それをよくも台無しにしてくれたな!!」
「身内に依頼を出させる不正で実績を積んでたヤツが、よくもまぁいけしゃあしゃあと宣ったもんすね。どうせタトリがギルドに言わなくたって、近い内に別の誰かが暴いてたでしょうに。お飾りの栄誉に酔ってないで現実見たらどうなんすか?」
「黙れ! 混血如きが私の足を引っ張っていいはずがない!! その減らず口と穢れた血を諸共消し炭にしてくれる!!」
激昂のままにウェンリムが炎属性の魔法を放つが、タトリはそれをサイドステップで避ける。
思考を読んでいたから回避こそ出来ているけど、肉体派じゃないタトリには何度も躱すのはキツい。
何せ不意打ちで魔封じの腕輪を着けられたせいで、魔法を使いたくても使えないのだ。
アイツが持っている鍵を奪いたくても、体格差や膂力差を覆せない状態では叶いそうにない。
表面上こそ強がってはいるが、圧倒的に不利な状況下に内心では怖くて仕方が無かった。
大体、どうしてタトリがこんな目に遭わなくちゃいけないのか。
ウェンリムが落ちぶれたのは不正に手を染めた自分のせいなのに、逆恨みして闇討ちを仕掛けてくるなんて筋違いにも程がある。
とにかくどうにか隙を見て逃げようと思考を張り巡らせるが、一向に打開策が浮かばない。
このままじゃタトリの体力が尽きて、アイツの魔法の餌食になってしまう。
そう考えている内にウェンリムが次の魔法を放とうと、杖に魔力を込め始める。
どんな魔法を打つつもりなのか思考を読んで──理解したと同時に咄嗟にバックステップをした。
「サンダー・トール!!」
「うあっ!?」
瞬間、天から叩き付けるような雷撃が放たれた。
直撃こそ避けられたけど、凄まじい余波にタトリの身体は簡単に吹き飛ばされてしまう。
ゴロゴロと地面を転がってしまったが、なんとか崖から転落せず済んだ。
「っ、くぅ……」
立ち上がろうとしたけれど、打ち所が悪かったのか右足に刺すような痛みが走る。
杖を支えにしてなんとか立ったものの、もう次の攻撃を躱せる余裕は無い。
「フンッ。ようやく貴様の息の根を止められそうだな」
「ッチ……」
タトリが動けないと見て察したウェンリムがほくそ笑む。
クソ、こんなヤツに勝ち誇られるとかムカつく……。
ケガのせいで避けられそうにないし、魔法で防ぐ余力もない。
このままタトリは殺される……そう認識した途端、全身の震えが止まらなくなって涙が出そうになる。
誰でも良いから助けてだとか、人間嫌いのタトリらしくない救いを願ってしまう。
自分から近付けさせないようにしてたのに、この期に及んでなんともまぁ身勝手な話だ。
そもそもこんなことになるなら冒険者なんてならなきゃ良かった。
せめて……あの人間と一緒に行けば助かったかもしれない。
そんな後悔が胸の奥で湧き上がる中、ウェンリムがニヤけ面のまま杖に魔力を込める。
あぁ、もうダメだ。
「トドメだ、混血!! フレア・キャノン!!」
「!!」
人一人を容易く包めそうな大きな火球がタトリに放たれる。
迫る赤い炎から少しでも逃れようと目を閉じて──。
========
「──っ!! はっ、はっ……?」
不意に沈んでいた意識が弾かれるように戻る。
荒い息を繰り返しながら目線だけで周囲を見渡すと、森の中にある岩壁に身体が少しだけ埋まっていた。
全身がズキズキと痛むけどまだ生きてる。
どうやらほんのさっきまで気絶していたみたいだ。
何があったか思案するより先に気を失う前後の記憶が脳裏に過る。
「ぁ、そっか。ガイアドラゴンに吹っ飛ばされたんだっけ……」
確か背中の甲羅から飛ばされた岩石の雨を防ぎきれずに喰らったせいだ。
気絶していたのは十秒に満たない短時間だった上に、被弾した岩は大きくなかったから致命傷は無いけど、左太ももに内から裂けそうな激痛を感じる。
これ、折れてるかもしれない。
囮役を引き受けた結果が
逃がした三人が無事に戻れてると良いんだけど、このままじゃそれを確かめられそうにない。
そんな思考に耽っていると、前方から身体が浮きそうなほどの地響きが起きる。
顔を上げた先にはゆっくりと迫って来るガイアドラゴンがいた。
怒りは未だに治まっていないようで、ギラリと鋭い眼光でタトリを睨み付けている。
「……こんだけボッコボコにしておいてまだ気が済まないんすか? 女の子相手に八つ当たりするならもっと加減くらいして欲しいっす」
モンスターに言ったところで何の意味もないけど、ここまで執着されると文句の一つも言いたくなる。
だって怒らせたのタトリじゃないし。
原因を作ったカツラキとは別人だって見れば分かる知能すらないのか。
なんて愚痴を零しても状況は何も変わらない。
「グォォォォ……!」
「げ」
それどころかガイアドラゴンは口を大きく開けて息を吸い込み始めた。
口の奥に灯る白光から見ても明らかなブレスを放つ予兆だ。
袋小路に追いやって跡形も無く消すとかどんだけ怒ってるんだ。
最初の一発でさえ防ぐのはやっとだったのに、体力も魔力も限界に近い今じゃ二発目は防げない。
確かな死がそこから放たれようとしている。
街一つすら消し炭に出来る威力をまとも喰らったとして、どれだけ呆気なく消されちゃうんだろうか。
こんな状況なのにそんな疑問が浮かんでしまう。
気絶してた時に見てたアレ……多分だけど走馬灯だったのかもしれない。
あの時が人生で初めて死ぬかもって思った瞬間だから、似た状況に追い込まれて思い出しちゃったんだろうか。
アイツのことはとっくに忘れたはずなのに、まだに記憶に残ってるなんてしぶとくて腹が立つ。
殺される間際なのに我ながらなんとも暢気な思考だと自嘲してしまう。
それはきっと、死ぬよりもっとイヤなことが心の片隅から疼いてるからだ。
──まだタトリは先輩に好きだって伝えてない。
このまま消されるより、告白が出来てないまま死ぬ方が苦しくて辛くて。
一度目の頃にはなかった感情が死にたくない気持ちを強く掻き立てている。
なのに、変なんっすよね。
もうすぐブレスが放たれようとしてるのに……今まさに死が目前に迫ってるっていうのに……。
大丈夫だって思ってる自分がいる。
どうしてなのか?
そんなの、とっても簡単なことだ。
「グァァァァッッ!!」
ついにガイアドラゴンのブレスが吐き出され、視界が瞬く間に真っ白な極光に包まれて──。
「──ハァッ!!」
刹那でタトリとガイアドラゴンの間に割って入った人影が振り下ろした一閃で、タトリを消し飛ばすはずだったブレスが両断された。
いや斬ったなんて柔な次元じゃない、たった一振りの剣圧で以て最初から存在しなかったかのように掻き消されたのだ。
タトリが全力を尽くして一回防ぐのがやっとだったのに、その人は剣を振っただけで相殺どころか真っ向から切り伏せてしまったのである。
荒唐無稽すぎる光景を作った人物──
それはあの時、ウェンリムが放った炎魔法を容易く斬って見せた後と同じ表情で。
タトリの世界を一変させてくれたとても落ち着く優しい笑みで。
「──間に合って良かった」
あぁ、そうだ。
タトリはこの人の疚しさなんて欠片もない、誰よりも透明で綺麗な魂に魅せられたのだ。
人間は誰も彼も身勝手だと思っていた中で出会った、二度と目を離せない強烈な輝きをずっと見ていたいと自覚した。
人生で初めて人を好きになった瞬間だった。
想いの原点を回想して呆けている間にも、先輩は剣を構えてガイアドラゴンに向かい合う。
「グォォォォ!!」
「だいぶ虫の居所が悪いみたいだな」
ブレスを防がれるのではなく消された事実に憤慨するガイアドラゴンに、先輩は憐れむような感想を零す。
その声音が普段に比べて低いように聞こえたのが気になった。
疑問の答えは早く先輩から生じた凄まじい魔力の奔流で齎された。
それはこの人の全力を示す、身体強化魔法を最大出力で発動した時に起きる魔力圧だ。
後ろにいるタトリでも息を呑んでしまう威圧感を前に、相対しているガイアドラゴンが驚愕したのが分かった。
まるで自分の目の前にいる人間がただ者でないと悟ったかのような愕然だ。
それさえ気にした様子も無く先輩はゆっくりと剣を向ける。
「けど、それは俺も同じだ。だからお互い様だし、謝るつもりは無いよ」
そう口にした瞬間、先輩の姿が消える。
いや、消えたと錯覚する程のスピードで跳んだのだ。
ガイアドラゴンの甲羅に向かって跳んだ先輩は、両手で握って上段に構えていた剣を振り下ろす。
「──ッフ!!」
「ガァゥッ!?!?」
剣が甲羅に触れた瞬間、爆発したかのような衝撃音と共にガイアドラゴンの甲羅が粉々に砕け散った。
甲羅の内まで及んだのか口や傷口から夥しい出血が噴き出し、山のような巨体が力なく倒れ崩れ落ちていく。
最上級のモンスターとされるドラゴンがたったの一撃で沈んだ。
ましてや堅固な防御力で有名なガイアドラゴンを。
市販で売ってる剣かつ、全力の身体強化魔法を使っただけで。
あまりに現実離れしていて夢なのではと疑うものの、残念ながら足の痛みが現実だと教えてくれる。
地球での暮らしは戦いと無縁だから、多少はブランクあると思っていたのだがこれは想定外だ。
まさかまだ成長するとは思ってもみなかった。
少しは追いつけたかと思ったがまだまだらしい。
「──……背中、まだまだ遠いっすね」
目指す場所の遠さに、タトリはそんな小さな独り言を零すのだった。
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