あの子の先輩だから


 最後の班が森に入って五分くらい経過した時だった。



 ──……グォアアアアアアアアアッッ!!



「「!!」」


 その咆哮が耳に入った瞬間、スタート地点で待機していた俺と冒険者達はトラブル発生を察知した。


「全員、一箇所に固まれ!!」


 バーディスさんの号令に参加者達が何事かと困惑しながら従う。

 集まった全員の周りを囲むように冒険者達が警戒を露わにし、初期対応を済ませたバーディスさんが神妙な面持ちのまま口を開く。


「悪い。トラブル発生だ。咆哮が聞こえた方角からして、ガイアドラゴンが暴れ出したに違いない」

「「「「えっ」」」」


 包み隠さず打ち明けられた内容に、参加者達が揃って驚愕の声を漏らす。

 ここにいる人達は既に探索演習を終えたあと、つまりガイアドラゴンを間近で見ている。

 S級冒険者でさえ苦戦を免れない最上級のモンスターが暴れたと聞いて、驚くなという方が難しいだろう。


「ま、マジかよ……!」

「こ、ここに来るかも知れないってこと!?」

「静かに! お前らは冒険者達が責任を持って守るから大丈夫だ」


 不安と恐怖を浮かべる参加者達に対し、バーディスさんは冷静に続けた。

 少なくとも自分達に危険はないと知った皆は一様に安堵の表情になる。


 元よりガイアドラゴンが暴れるようなことがあれば、参加者の避難誘導を最優先にすると決めていた。

 さっき森に入った班に関しては、同じく咆哮を聞いていれば異常に気付くだろう。

 そうすれば向こうで適切に誘導してくれる手筈になっている。


 むしろトラブルが起きた際における一番の問題は、ガイアドラゴンを怒らせた班……タトリ達をどう救助するかだ。


「伊鞘君。フェアリンさんは無事でしょうか?」

「……分からない。けど、あぁ見えてもベテランのA級冒険者なんだ。無事だって信じるしかない」

「そう、ですね」


 不安げに訊くサクラにそう返すもすぐに安否が分からない以上、彼女の心配を失くすには至らなかった。

 平静を装っている俺が感じている不安を察したのだろう。


 正直に言ってしまえば心配どころの騒ぎじゃない。

 タトリの今朝の調子から気掛かりになっていた矢先にこのトラブルだ。

 何があったか多少は想像が付くものの、真相を確かめない限りは可能性の域を出ない。

 最悪の場合は……いや、そんなことは考えるな。


 とにかく、今は事前に決めていた救助活動に専念する他ない。


「クレネア。打ち合わせ通りガキ共の護衛を頼む」

「はいよ」

「伊鞘は俺と森の中に入って救助だ」

「了解です」


 救助に向かうのは俺とバーディスさんの二人。

 ガイアドラゴンが暴れた場合、討伐が可能なのはS級冒険者だけなので順当な理由だ。


 一方で参加者達の護衛は魔法使いであるクレネアさんが担う。

 俺とバーディスさんは攻撃特化であるため、大人数の護衛は向いていない。

 でも彼女の魔法ならガイアドラゴンが放つブレスでさえ簡単に防げるし、俺の代わりに本條さんの……王女様の護衛もこなせる。

 他の冒険者はクレネアさんのサポートという布陣で対応していく段取りだ。


「伊鞘君、気を付けて下さいね」

「タトちゃんのこと、ちゃんと助けてあげるんだよぉ~。いっくん」

「あぁ、行ってくる」


 あとは出発準備という段階で、サクラとリリスから送り出しの言葉を受ける。

 俺の実力を知っていても、ケガをしないか心配するのは無理も無い。

 少しでも安心させられるように、笑みを作って応える。


「バーディス。ヘマしたら承知しないから」

「ドラゴン相手に油断なんかしねぇっての」


 そんな俺達につられてか、クレネアさんが少しだけ赤い顔色でバーディスさんに忠告をする。

 対して彼は鬱陶しそうに顔を顰め、軽い調子で返してからこちらに羨望の眼差しを向けながらため息をつく。


「はぁ、俺も伊鞘みたいに恋人に送り出されてぇな……」


 ……いやクレネアさんの忠告って意訳したら『ケガしないように気を付けて』って、心配してるんだけど。


「……」


 遠回しの言葉が通じなかったショックでクレネアさんが項垂れてるし。

 あっちは相変わらずだなぁ……。


 なんて呆れた時だった。


 ──ドォォォォン!!


「うわぁっ!」

「な、なになに!?」

「今ちょっと揺れなかったか?!」


 森の方から凄まじい爆発音が起きたのと同時に、足元がグラつく程度の地震に参加者達がどよめく。

 衝撃の大きさとモクモクと遠目でも分かる煙から、何があったのかはおおよそ察せられた。


 ──ガイアドラゴンがブレスを放ったのだ。


 幸い方角的にこちらの方には影響が無かったが、森の一部は完全に消失したと見て良いだろう。

 その射線上にタトリが率いる班がいることは想像に難くない。

 もし彼女の身に何かあったら……そう思うとただでさえ胸に燻っていた不安が膨れ上がっていく。


 ふと脳裏にのタトリを幻視した途端、我慢の限界が利かなくなると感じた時にはもう動き出していた。


「ッチ、こりゃ急がねぇと──『先に行きます!』──あ、おい伊鞘!!」


 後ろでバーディスさんが制止する声が聞こえたが、身体強化魔法をフル出力で発動しながら無視する。

 あんなブレスを前に生存率なんてたかがしているのだ。

 一秒でも早く駆け付けないと、この焦燥感は決して無くならない。


 そうやって走り続けて二分くらい経過した時だった。

 ふと人の気配を感じた俺は立ち止まり、傍の木に身を隠して警戒態勢に入る。


 息を切らしながら走っているみたいだが、一人しかいないのでタトリ達の可能性は低い。

 ブレスのせいではぐれてしまったか、もしくは関係の無い第三者か。

 そこまで考えていたところで気配の主が足を止め、膝に手をついて息を整え始めた。


 染められた金髪の男子──葛城だ。

 タトリ達とは一緒じゃないということは、まさかコイツ……。


「ハァ、ハァ、クソ。なんだよあの光線……あんなの出す化け物なんて倒せるわけねぇって……」

「葛城。無事だったのか」

「うわ……って、なんだよお前か」


 呼び掛けられた葛城は一瞬だけ恐怖で顔を歪ませるが、俺の姿を認識するやあからさまに安堵の面持ちになった。

 どうやらもう助かった気でいるらしい。 


「ビビらせんなよなぁ。まぁとにかく助かったぜ」

「その前に訊かせて欲しいことがある。なんでガイアドラゴンは怒ったんだ?」

「し、知らねぇよ。いきなり暴れ出しやがったんだ」

「タトリ達はどうした?」

「へ? あ、あぁ。逃げてる途中ではぐれちまったんだ。だからオレも分かんねぇ」

「さっきガイアドラゴンがブレスを放ったんだけど、よく無事だったな?」

「あ、あの光線みたいなのがそうだったのか。う、運が良かったんだよ!」


 質問に対して葛城はたどたどしくも訳が分からないといった調子で答える。

 焦りの表情からは居たたまれなさが滲んでいて、タトリでなくとも嘘を口にしているのは明らかに察せられた。


 ……なるほどな。


 何が起きたのかはおおよそ理解した。

 やっぱりコイツが原因か。


 ある程度の背景を悟った一方で、追及から逃れたい葛城はそそくさと作り笑いを浮かべる。 


「そ、それより早く外に連れて行ってくれよ! S級冒険者なんだからそれくらい楽勝──」

「ガイアドラゴンを怒らせた上に、タトリ達を見捨てて一人で逃げて来たヤツをか?」

「え」


 まさか言い当てられると思わなかったのか、葛城は虚を衝かれたように目を丸くした。

 その刹那の動揺からもはや疑いようのない確信を得る。


 程なくして言葉を呑み込んだ彼は、ギョッと冷や汗を流しながら首を横に振った。


「ハァッ!? し、知らねぇって言ってんだろ! 言い掛かり付けてないでさっさと──」

「うるさい」

「ぐぇっ!?」


 この期に及んでなお言い逃れようとする葛城の言葉を、胸倉を掴んで強引に遮る。

 突然の行動に葛城は困惑しているが、今コイツのことはどうだっていい。 

 もう大バカ野郎の相手をするつもりなんて微塵もないのだから。


「百歩譲って死ぬのが怖くて逃げるのはまだ良い。けど自分が原因なのに同じ班の仲間を見捨てるのは違うだろ。助けに行ってくれの一言も無しに、真っ先に助けてくれなんてよく言えたな」

「し、しかた──」

「ブレスから逃れたのは運が良かった? ふざけんなよ。お前が今も無事なのはタトリが全力で防御したからだ! それを不幸中の幸いみたいに軽く片付けんな!」

「お、下ろせ……!」


 服の襟が食い込んで息が詰まりそうになるのを避けるために、俺の腕を叩いてくるがまるで意味が無い。

 せめて謝罪でもすればまだしも、こんな時でも保身に走る姿はあまりにも醜かった。


 俺の両親もそうだったがこんなヤツを見ていると、タトリが……あの子が人間嫌いになるのも頷けてしまう。

 叶うならこのまま横っ面をぶん殴りたいくらい腹が立つ。

 けどそんなことをする程の価値はない。

 だから激怒こそすれど、決して手を出すつもりはなかった。


 そもそもタトリ達の状況を把握した以上、殴ってる時間すら惜しい。

 このまま説教を続けても反省するとは思えないので手を離す。


 解放された葛城は息を整えた後、首を押さえながら俺を睨む。


「この……」

「伊鞘! タトリちゃんが心配なのは分かるが、一人で突っ走るな」

「バーディスさん」


 だがヤツが何か言うより先に後ろからバーディスさんが追い付いて来た。

 彼は俺を見やってから葛城を見る。

 第三者がやって来たことで優勢と感じたのか、葛城はニヤリと口端を釣り上げた。


「なぁ助けてくれよ! コイツ、いきなり俺の胸倉を掴んで来たんだ!」

「はぁ? んなのどうせお前が何かやらかしたからだろ。ガイアドラゴンを怒らせたとかな」

「は?」


 恐らく気持ちよく告げ口をしようとしたものの、バーディスさんに呆気なく一蹴された。

 それどころかさっきと同じように、事態の原因だと突き付けられた葛城は表情を固まらせる。


「その通りですよ。ついでにタトリと班員達を見捨てて一人で逃げて来たところです」

「あぁ? バカだとは思ってたがそこまでやるか……」


 付け加えた情報にバーディスさんは頭を痛そうに抱える。

 気持ちは分かるけどタトリ達の状況が分かった今、一刻も早く動くべきだ。


「俺は今からタトリ達の救助に向かいます。ソイツのことは頼みました」

「お、おい! ふざけ──」

「分かった、行ってこい」


 葛城のことをバーディスさんに任せて、俺は身体強化魔法を発動して森の中を駆け出す。


 あれだけ派手に暴れたんだ、その後を追跡すれば見つかるはず。

 無事だという前提での行動だが、皮肉にも葛城に目立った外傷が無いことからタトリがブレスを防いだのは確かだ。


 よくやったと褒めてやりたい。

 そのためにも、まずは見つけ出すのが先決だ。

 逸る気持ちを落ち着かせながら、森の中を進んでいくのだった。


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 藤田ことねに沼りました

 学園アイドルマスター楽しいです

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