後輩にとって俺の魔力は最高のエサになるらしい

 ガイアドラゴンを倒したものの、負傷したタトリを抱えたまま日が沈んだ森の中を進むのは困難だと判断し、一晩をやり過ごすために俺達は偶然見つけた洞窟の中へ身を寄せることになった。


 タトリの魔力が少ないわ、俺が回復薬ポーション持って来るの忘れたわ、そんな事情を加味してこうなってしまったワケだが。

 いやだって準備してる途中でブレスが放たれたんだぞ?

 一刻も早く駆け付けないとって気が逸って完全に抜け落ちても仕方ないと思う。


 ……S級なのに情けないとか言われなくても分かってる。


 誰に言うでもなく自省する他ない。

 だがそんな状況を覆す案がタトリにあるのだという。

 それを言うためにわざわざ肩を寄せて恋人繋ぎをしてくる必要を感じないが、それよりも真剣な表情で告げようとする彼女を止める気は起きなかった。

 そしてタトリは言う。


「簡単なことっすよ。先輩の魔力をタトリが貰うだけっす」

「魔力を?」

「はいっす。吸血と吸精に倣うなら吸魔きゅうまってとこっすね」

 

 タトリが何やら誇らしげに名付ける。

 血と精気を差し出したことはあるが、魔力まで対象になるのか?


「エルフやハーフエルフが他者から魔力を貰うなんて話は初耳なんだけど……」

「人から魔力を貰うのはタトリが持つオリジナルっすよ」

「へぇ~」


 素朴な問いに対してタトリは大したことのないように言う。

 他人の思考を読む目といい、彼女はハーフエルフにしてはやけに特殊な力を持っている。

 

 まぁ初対面の頃から何かしらワケありなのは明らかだけど、それを深く知ろうなんて気は起きない。

 今まで俺が接して来たタトリとの関係には必要無いと思っているからだ。

 

 それにしても他人から魔力を吸えるということは……。


「俺以外の誰かからも貰ったことってあるのか?」

「人間嫌いのタトリにそんな経験ある訳ないじゃないっすか。先輩以外の魔力なんてゲテモノは死んでも吸いたくないっす」

「好き嫌いが激しいってレベルじゃねぇな」


 人間嫌いの性格って魔力の好みにまで影響するんだ……。

 

「あ。言うまでもなく先輩の魔力は、タトリにとって高級料理みたいな極上なんで安心して下さいっす」

「別に聞いてな──ってちょっと待て。その口振りだと前々から俺の魔力吸ってたみたいに聞こえるんだけど?」


 安心させるような言い草で知りたくなかった事実を知らされ、途端に不安になってしまう。

 いつ?

 いつの間に魔力吸われてたの?

 思い返してもまるで見つからない心当たりに焦りを覚える。


 そして俺の疑問に対してタトリは……。


「──てへ♪」

「いや笑って誤魔化すなよ!? 完璧に泥棒じゃねぇか!」


 あざとい笑みを作る後輩にツッコミを入れる。

 ホントにいつ吸ったんだよ、マジで身に覚えが無いんだけど。

 

 知らぬ間に魔力を盗まれていた事実に戦慄する俺に、タトリはしゅんと目尻を下げながら少しだけ俯く。


「だって先輩の魔力がクセになる味わいで、つい摘まみ吸いしちゃって……」 

「人の魔力をダイエット中の間食みたいに扱わないでくれる?」

「それに冒険者業に支障が出るほど吸ってないんだから、泥棒呼ばわりは心外っす」

「うっ」


 確かにちょっと言い過ぎだったかと胸に小さな針が刺さる。

 いやでも人に黙って魔力を吸い続けるのはどうなんだろうか。

 そんな疑問が脳裏を過るが、早く戻るために秘密を明かしてくれたのだから責めるのは今でなくても良い。


 諸々の引っ掛かりを呑み込みつつ、頭を掻きながらタトリに告げる。


「……次からはちゃんと言って欲しい。俺の魔力を貰うことでタトリに元気が出るなら、魔力くらい構わないよ。ほら、吸血と吸精を受けてるからそういうのには慣れてるし」

「先輩……」


 俺の返答にタトリは一瞬だけ目を丸くしてから、どこか含みを持たせたジト目を向けてくる。

 何かマズいことでも言ったかと内心で焦るが、ギュッと握られていた手に力が込められた。

 

「先輩」

「な、なに?」

「約束、覚えてるっすよね?」


 言葉以上の強い感情を込めて訴えるような口振りで問い掛けられ、少しだけ戸惑いを覚えてしまう。

 忘れたとかそんなことはない。

 タトリと交わした約束はハッキリと憶えている。


 その点に関してはなんの躊躇い。

 ただ気になったのはどうして今、それを聞いたのかということ。


 疑念を懐きつつも首肯する。


「あぁ。ずっと先輩と後輩だっていう約束だろ。ちゃんと覚えてる」

「!」


 そう答えた瞬間、タトリは……。



「覚えてるならどうして! ……タトリだけの先輩じゃなくなってるんすか」

「え」


 怒りと悲しみが綯い交ぜになった悲痛な気持ちを吐露した。


 思いもしなかった言葉に虚を衝かれて茫然としてしまう。

 

「タトリだけの先輩じゃなくなったって、俺は何も変わってないけど……」

「三人も彼女作った上にやることやっておいてどの口が!?」

「いきなり話の方向性変わってない!?」


 急ハンドルを切って投げ込まれた話題に困惑する。

 ヒステリックな調子で責める物言いだけ聞けば、俺が浮気したみたいだからやめてくれない?


 というか何故に恋人を作ったことを非難されてるんだ……そう聞き返すより先に、タトリが目尻に涙を浮かべながら再び顔を俯かせる。

 

「約束破っちゃダメだって言ったのに、タトリがどれだけ傷付いたと思ってるんすか……」

「……」


 弱々しい声音で呟かれた言葉にどう返せばいいのか分からなくなる。

 

 ごめんって言えば良いのか?

 いいやダメに決まってる。

 その場凌ぎに謝ったところで何も解決しないし、むしろ彼女達との交際が間違いだと言ってるようなモノだ。

 自分もサクラ達も、タトリだって余計に悲しませるだけになる。


 そもそもタトリが何を考えているのか理解しないといけない。


 ……違うな、本当は分かってて敢えて見ないフリをしていただけだ。

 

 サクラ達からは度々鈍いと言われているが、事此処に至って目を逸らすにも限界がある。

 もう潔く認めるしか無いのだろう。



 ──タトリは俺に対して恋愛感情を懐いているのだと。



 認めなかったのは単純にサクラ達と付き合ってる以上、他の異性に好意を寄せられても応えられないからだ。

 俺の一存で勝手に受け入れるのは、彼女達に対する裏切りに等しいことだと思っている。


 三人の恋人が居るのだから、一人くらい増えても良いだろうなんて楽観的にはなれない。

 三人居るからこそ、付き合う前よりも身の振り方を考える必要がある。

 その相手が交流の長い後輩だとしてもだ。 

 それが彼女持ちの男として正しい態度だろう。


 ……そう頭で理解していてもいざ直面すると、どう呑み込めばいいのか迷っているのが正直な気持ちなのだが。

  

 なにせ俺にとってタトリは母さんやクレネアさんとは違う、歳の近い異性として初めて意識した女の子だ。

 出会った当初こそ、生意気だし態度悪いしで良い印象は無かった。


 けれど先輩と後輩になって俺に対する態度を改めてからは、表面上でも他人との関わり方が改善したし、パーティーとして積極的に支援してくれて助かったこともたくさんある。

 何よりあれだけ好意的に懐かれては、もしかしたらと意識しない方がどうかしていると思う。

 

 それを敢えて気付いていないフリをしていたのは、彼女から他人の思考が読めると教えて貰った時が切っ掛けだった。

 タトリの容姿は非常に整っていて、恐らく男から善し悪し問わず意識されて来たことは容易に想像が付く。

 すなわち脳裏で浮かべられたであろう、数々の情欲を否応でも垣間見続けていたのと同義だ。


 生まれ持った能力故に物心着く前からそんな劣情を見せられては、人間嫌いになるのも頷ける。

 初対面の時に唾棄するように拒絶されたのも無理も無い。

 

 だから俺は少しでもタトリの気が休まるように、彼女を異性として意識しないように努めて来た。

 自己暗示は得意だったからそんなに難しくなかったのは幸いと言える。

 何せ小学生の頃は満腹だと思い込むことで、空腹を誤魔化すという実践経験があったからだ。

 

 しかし明確に言葉にされた訳ではないものの、こうして好意を露わにされると暗示が解けてしまいかねない。

 思考を誤魔化すのは容易じゃない、もしタトリの前で少しでも意識しようものなら隠す間もなくバレてしまう。

 

 仮に悟られた時にはいよいよ信頼を失くしてもおかしくない。

 急いで冷静にならないと──。 


「──先輩」

「な、なんだ?」


 不意に呼び掛けられ、ドキリと驚きつつもなんとか平静を装って聞き返す。

 問題ない、いつも通り自己暗示をしていれば隠しきれるはずだ。

 

 そう思って先に耳を傾けていると、タトリは何故か赤い顔色で全身を震わせていて……あ、待ってヤバい。

 もしかしなくてもバレ──。




「そんな理由でアピールを袖にされ続けた挙げ句、先を越されたなんてどんな顔すれば良いんすか……?」



 ──てますよね、ハイ……。


 どうやら感傷に浸ってる内にさっきの思考は筒抜けになっていたらしい。

 

 うわぁ、死ぬほどハズいんだけど。

 恥ずかし過ぎて額の汗が止まらない。

 

 この羞恥心すら目の前の後輩にはダダ漏れだと思うと、余計に恥ずかしさが溢れ出そうだった。

 顔を伏せる俺に対し、タトリは笑ってない笑みを作りながら口を開く。


「先輩。タトリが今何を考えてるのか……思考が読めなくても分かるっすよね?」

「い、いやえと……怒るのも当然かと、思います」

「言われなくても今から怒るとこっすよ! 冗談抜きに自分の不憫さに泣きそうでもあるっすけどね!? 恋人が出来たのに乙女心はちっとも理解出来てないじゃないっすか!! ちゃんと反省して下さいっす!」

「それは、仰るとおりですね……」


 正論で切り刻まれて肩身が狭くなっていく。

 タトリが怒るのは当然の帰結だ。

 彼女に不快感を持たせないためとはいえ、当人からすれば微塵も意識されてないと感じ取られるのと同じなのだから。

 

「確かにタトリの態度が悪かったけど、その後に特別扱いされてもまるで動じなかった暗示の強靱さにドン引きもしてるっす。なんなんすかその精度。空腹を誤魔化すためって切っ掛けも合わせて無駄に反応に困るっす」

「そうしないと生きていけなかったからとしか……」

「先輩、例の両親って今どこにいるんすか? 叶うなら人の恋路を邪魔した罪でお礼参りに行きたいんすけど」

「俺も知らないからその報復は叶わないと思う」

「じゃあこの怒りの行き場はどうすりゃいいんすか!?」


 俺の返答に呆れやら悲しみやら、本当に複雑な心境が露わになった面持ちでタトリが頭を抱える。

 そうだよな、元を辿れば自己暗示が鍛えられるレベルの貧乏生活を送らせた元両親が悪い。

 かといって俺自身の非が無くなるワケじゃないけど、それはそれとして自分でも未だに根強く残ってる影響に驚きを隠せないな……。

 まぁもう会わない人達のことはどうでもいい。


 タトリも同じ結論に行き着いたのか、盛大にため息をつきながら口を開く。


「はぁ……もう良いっす。今は魔力を貰うことに専念するっす」

「え? この流れで吸うのか?」

「どうせ気まずくなるなら、やることやってからの方が気楽だと思いません?」

吸魔きゅうまの話だよな!?」


 紛らわしいからやめてくれない?

 この場にサクラ達が居なくて良かったって、要らない杞憂が浮かんじゃったじゃん。


 狼狽える俺の様子をみてクスクスと笑ってから、タトリは握っていた手をそっと持ち上げて頬ずりを始める。

 手の甲に伝わる柔らかで暖かな頬の感触にドキッと心臓が弾んだ。


「にひっ」


 自分が意識されてる実感からタトリが小さく笑う。

 見ようによっては妖艶とも称せる微笑みに目が離せない。


 そんな俺に対してタトリは言う。


「それじゃ先輩の魔力、ごちそうになるっす♪」

 

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