時代にそぐわなかろうとも


「早くフェアリンさんを助けに行って下さい!」

「私達を逃がすために囮になってくれたんです!!」

「お金なら地球に戻ってから絶対に払う! だから頼む!!」


 伊鞘君達がフェアリンさんの救助に向かって三分が過ぎた頃、突如として森の脇から三人の男女が出てきた。

 彼らはフェアリンさんと同じ班で、今まさに要救助者として認識されていた三人だ。

 話を聞く限り、あの人は自分達を逃がすため自ら囮を買って出たのだという。


 人間嫌いと語っていたフェアリンさんらしくない。

 けれども伊鞘君の後輩らしい行動に微笑ましくなる一方、無茶をするところまで似なくても良いのになんて不満を覚えてしまう。 


「お願いします! フェアリンさんを──」

「もう行ってるってば! 気持ちは分かるけど、少しは落ち着きな!」


 そんな慌てた様子の彼らをストレーナさんが宥めようとするけど、フェアリンさんを心配する焦りから中々落ち着かない。

 ガイアドラゴンに襲われて命の危機に瀕した中で、囮になってまで助けてくれた恩人の身を思うと気が気でないのだろう。


 伊鞘君が戻って来た時に余計なトラブルを残したくない。

 けれど私が宥めに加わったところで、彼らの不安を和らげられるような言葉選びが出来るだろうか。


「リリスちゃん、ちょっといい?」

「? なんでしょうか~?」


 どうしたものかと逡巡しているとレイラ様がリリスに呼び掛け、何やらこそこそと耳打ちを始める。

 何か策があるのか聞き耳を立てるより先に、内容を聞かされたリリスは微かに目を丸くしてから小さく頷いた。


「おっけぇ~ですぅ~。リリに任せてくださぁい♪」


 あっさりと快諾した勢いのまま、リリスは未だに焦燥している三人の元へを歩み寄っていった。


「今こうしてる間にもフェアリンさんが──」

「ねぇねぇ三人ともぉ──……?」

「──ぁ、え」


 リリスがそう呼び掛けた途端、険しい面持ちだった三人が茫然と頬に赤色を浮かべて彼女の方へと顔を向ける。

 急な態度の変わりように一瞬だけ驚かされたが、程なくしてリリスの意図とレイラ様の案を悟った。


 彼女が行ったことは単純なことで、サキュバスの固有魔法による魅了効果で彼ら三人の意識を自身へと逸らしたのだ。

 分かりやすい例題を上げるなら相撲で言うところの猫だましのようなモノで、魔封じの腕輪が外されている今だからこそ可能な方法である。

 地球では他人に魔法を使ってはいけない常識により、そちらでの暮らしが長い私達では無意識に除外していた手段だ。


 それを可能だと思い当たり、リリスに提案してみせたレイラ様には感歎するほかない。


「うん、ありがとぉ~」

「っ! あれ? え??」


 自身へ注意が向いたことを確かめたリリスが魅了を解除すると、意識を取り戻した三人は虚を衝かれたように目を丸くして困惑を露わにする。

 けれどもその表情には先程までの焦燥感は見当たらない。


 レイラ様の狙いは寸分の狂いもなく的中したみたいだ。


「落ち着いたかな? 今、フェアリンさんの救助に辻園くんとブロンゼフさんが向かっているの。S級冒険者が二人も向かってるんだから安心して」

「……はい」


 レイラ様がゆっくりと呼び掛けていく内に、冷静になった三人は不安を滲ませつつもひとまずの安堵を浮かべた。

 いくらS級冒険者でも間に合わなかったらという疑念が拭えないのだろう。

 とはいえ流石に生徒会長であり王女様でもある彼女の言葉を否定する訳にはいかず、戦う術を持たない自分達は大人しくするしか無いとも理解している。


「落ち着いたところで悪いけれど、一体向こうで何があったのさ?」

「えっと……」


 改めて落ち着いた三人に対してクレネアさんが肝心なことを尋ねた。

 質問を聞くなり彼らは微かな怒りを含みながら事情を話し始める。


 ──ガイアドラゴンが怒った原因は、葛城という男子が自撮りした際のフラッシュだった。


 起こった事態に不釣り合いな程の馬鹿馬鹿しい切っ掛けに、その場に居た全員が絶句してしまう。


 異世界では電波が繋がらないというのは常識だ。

 それでもスマホを持参したところで使い道は非常に限られているため、特に持ち込みを禁止してはいなかった。

 本来なら一部の施設以外では充電も出来ないのだが、そちらに関してはモバイルバッテリー一つで簡単に解決出来る。

 地球の文化に疎いらしいフェアリンさんでは、咄嗟に止めようも無かったのは容易に察した。


 それでもドラゴンを前にして自撮りをしようという浅はかな発想には呆れるしかない。

 元より言動から現実を舐めているような軽薄さが垣間見えていたが、まさかそこまで考え無しだとは思いもしなかった。


 何より一番の問題点は同じ班のメンバーを見捨てて自分だけ逃げ出したことだ。

 いくら恐慌状態にあったとしても、人を見殺しにするような真似をして失望するなという方が難しい。

 ましてや自身の軽率な行動が原因にも関わらず、あまりにも身勝手かつ無責任すぎる。


 放たれたブレスはフェアリンさんによって防がれたものの、逃がされた三人と違って負傷したかどうかは分からない。

 仮に無傷で何食わぬ顔で戻って来たら、その時は怒りを抑えられそうにないだろう。


「いい加減に離せよ! オレはドラゴンに殺されそうになってたんだぞ!?」

「離したら逃げるだろうが。あとそんだけ元気なら問題ねぇよ」


 頭の中でどう処断しようかと思案していると、伊鞘君達が入って行った方角から何やら騒ぎ声が耳に入ってくる。

 森の中から現れたのは伊鞘君と一緒だったブロンゼフさんと、彼に腕を掴まれて引っ張られている葛城だった。


 伊鞘君とフェアリンさんは……居ない。

 恐らく彼女の方には伊鞘君が向かっているのだろう。


 フェアリンさんより先に見つかったことに複雑な感情が過るけれど、逆に考えれば与り知らないところで野垂れ死ぬよりマシだ。

 キチンと処罰を受けて貰えるという意味では。


 そんな風に考えている間にも、葛城を連れたブロンゼフさんが私達の前で足を止めた。

 すると葛城は空から垂らされた蜘蛛の糸を見つけたように、あからさまに安堵の表情を浮かべて口を開く。


「な、なぁ誰かこのおっさんに離すように言ってくれよ! オレ、死ぬところだったんだぜ!?」

「は……?」


 まさかこの期に及んで謝罪より先に、自己保身を口にすると思わず声が漏れてしまう。

 呆れて物も言えないとはこのことかと実感する中、ブロンゼフさんの元へストレーナさんが近付いて葛城を見やる。

 彼女の眼差しは人以下の汚物を見るように侮蔑的だった。


「アンタが原因のクセによく言うよ。情けないったらありゃしないね」

「お、オレが原因って何を根拠に──」

「あっちを見てごらん。見覚えのある顔ぶれが揃ってるだろう? つまりそういうことだよ」

「へ? ……ぁ」


 ストレーナさんに促されるまま葛城が向けた視線の先には、見捨てたはずの班員の姿があった。

 生きていると思っていなかったようで、葛城は袋小路に追い詰められたかのように顔を青ざめさせ、もう嘘は通じないと分かったのか項垂れて黙り込んだ。


「よぉ。見たところ、タトリちゃん以外は無事みたいだな」

「バーディス。事の経緯は……」

「ガイアドラゴンを怒らせたのはコイツって話だろ? その様子だとそっちが知った経緯も似たようなもんか」

「まぁね。あんたが戻って来たってことは、タトリちゃんのとこには伊鞘が行ったんだね」

「あぁ。アイツなら心配要らねぇだろ」


 そうブロンゼフさんとストレーナさんは、共通の弟子を浮かべて微かに笑い合う。

 いくら伊鞘君がS級冒険者でも私は心配で堪らないのに、二人からは不安を上回る信頼が窺えた。


 ……心配を不要と言い切れる信頼感は、ちょっぴり羨ましいと思ってしまう。

 けれどもよく考えなくとも、あの二人が彼と過ごした時間は私達より長い。

 であるなら断言出来てしまうのは至極当然なのだろう。

 それとは別にやはり、羨望の念が浮かんできてしまうが。


 少しだけ胸の奥に湧き上がる嫉妬を抑えている時だった。


「──そうだよ、アイツだよ!」


 意気消沈していたと思っていた葛城が、突如として大声を出し始めたのだ。


「なんでオレの言葉よりも、辻園の言うことを信じたんだ!? 弟子だからって贔屓して良いのかよ!?」

「あぁ?」


 あまりに身勝手な中傷を口にするが、ブロンゼフさんは意味が分からないと首を傾げた。


 一方で私は葛城の言動に苛立ちを覚える。

 アレは明らかに伊鞘君を見下した物言いだ。

 彼と何があったのかは知らないが、話しぶりから恐らく伊鞘君は葛城を騒動の発端だと見破ったのかもしれない。

 もしかしてそのことで逆恨みしているのだろうか。


 だとしたら……否、そうでなくとも筋違いにも程がある。

 沸き立つ怒りを抑えている間に、ブロンゼフさんは特に気にした素振りを見せずに答えた。


「そりゃそうだろ。何の実績も無いどころか問題しか起こさないお前より、S級冒険者で弟子の伊鞘の方を信じるに決まってる」

「アイツが嘘付いてたらどうするんだよ!? 冤罪だぞ冤罪!!」

「ありえねぇな。テメェと違って伊鞘は人を陥れるような嘘を付いたりしねぇっての」

「はぁ? なんなんだよそれ!?」


 揺るがない信頼に葛城は愕然としつつも、不満を加速的に募らせていく。

 一体何様なのだろうか。

 まるで自分は被害者だという態度に腹立たしさが募っていく一方だ。


 ブロンゼフさんの言うとおり、伊鞘君は無闇に人を貶めるような真似はしない。

 少なくともお前みたいな人間とは違う。


 S級冒険者がどういう立ち位置なのか、この学習会で何度も見てきたはずなのにまるで学習していない醜態に反吐が出そうだった。 


「大体おかしいだろ! 同じ地球人なのになんであんな冴えないヤツがS級なんだよ! 誰でも使える魔法しか使えないクセに、絶対に何かインチキかズルしなきゃ無理だろ!! それにアイツばっか可愛い女子にモテるとか不公平じゃねぇか!!」

「っ、いい加減に──」


 これ以上聞くに堪えない不平不満を聞いていたら耳が腐りそうだ。

 そうでなくとも我慢の限界を迎えた私は一歩前に出る。


 お前が伊鞘君の何を知っていると言うのか。

 まるで順風満帆みたいに言っているけれど、彼はエリナに買われるまで生き地獄のような環境の中にいたのだ。

 S級冒険者になるまでの実力だって、その日の食費すら搾取する両親の元で生き続けるために身に付けるしかなかった物だというのに。


 そんな生活を送っていれば人格が歪んでもおかしくないのに、伊鞘君はとてもまっすぐな心を持ち続けていた。

 その優しさに救われたら惹かれないはずがない。


 何も知らないからといって、インチキだのズルだの口にしていい限度を超えている。

 学習会の間は極力ケガをさせない決まりだったが、もう知ったことじゃない。

 この手合いは一度痛い目を見るまで一切を省みないのだから。


 そこまで思考した瞬間だった。



「──ウオラァッ!!」

「うぶへ!?」

「え?」


 突如として葛城が殴り飛ばされた。

 それなりの威力があったようで、葛城の身体は一回転半してから地面に落下していった。


「──ぇ、あ、イッッッデェェェェ!?!?」


 遅れて状態を理解した葛城が困惑の混じった痛烈な悲鳴を上げて悶絶する。


 そんなヤツに対して殴り飛ばした人物──ブロンゼフさんは人を殴ったとは思えないほど平然とした面持ちのまま手首を振っていた。


「ったく。こうなると思ったから言ったんだろうが。──痛い目みせた方が手っ取り早いってな」


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