第27話 27 人狼と解呪
「やめて、そんな事を言って近づいてきた詐欺師はたくさん見てきた。嘘でもそんなこと言わないで」
「嘘じゃない」
そうだ。嘘じゃない。
いるではないか、あの闇夜より黒い髪にその種族特有の禍々しい角。
闇魔術の使い手で掃除、洗濯、料理なんでもできる相棒。
その「シャドーポケット」の大きさは大量の魔力の象徴だ。
『そうだな。私は勇者に召喚されて楽しい毎日を過ごさせておる。勇者が困っていたら、いつでも力になる。頼ってくれ』
その時は、あの夜の言葉が頭に残っていた。
――――
ローランは放課後、植物委員の仕事はルナに任せ自室へと直行した。
勢いよく扉を開けると、そこには本を読む魔王の姿があった。
「魔王。ちょっといいか?」
「その様子だと、なにか収穫があったのだな」
ローランの顔を見て魔王はすぐに察してくれた。
そして、テラスで聞いたシュッツェとルナの話を説明した。
魔王はそれを静かに聞いてくれた。
そして、全てを聞き終わると、一言こう言った。
「勇者、私を誰だと思っている」
彼女は手に持つ一冊の本をゆっくりと上げた。
『解呪教本』と書かれたその分厚い教科書をローランには見せつけた。
「今日は朝から忙しかったぞ。まったく。治癒科のサラとかいう教員のアポも既にとってある」
とても頼りになる言葉だった。
今日一日、魔王は治癒科の解呪の専門サラ先生に接触してくれていたのだ。
魔王は四本の指を立てた。
「四日だ。四日でマスターしてみせる。その人狼に伝えておけ」
――――
四日後の夜。次の日から休日というのは魔王の配慮だったのかもしれない。
サラ先生が監督して、治癒科の中庭で解呪の儀式を行わせてもらえることとなった。
ローランにはもう見慣れた温室を横目に見つつ、まだ、訝しげに睨むルナを見た。
彼女もとても悩んでいたようだ。呪いにかかって数年、同じように近づいてくる者はいたからだろう。
その警戒心を解くことができないのだ。
だから、この四日間ローランは根気よくルナを説得した。
魔王の努力を考えると何故か頑張れたのだ。
一週間経ち、月も半月になっている。
ついてきたシャロが松明を持ち、周りを照らしていた。
魔王は師であるサラに見届けられながら、中庭に大きな魔法陣を描いてゆく。
「素晴らしいのです。本当に筋がいいのですね」
サラ先生は大人と言えば目を疑うほど小さな身長は恐らくマーリンと変わらないだろう。
赤くボブにした髪型に丸々と大きな眼鏡をかけていた。
魔王の解呪の指導から中庭の使用許可まで全て彼女が手配してくれた。
黙々と描き続ける魔王の横で褒めながらとことことついていくサラ。
どうも彼女は褒めて伸ばす指導方法のようなのだが、その体型のせいでどうにも違和感を感じた。
「これでよいのだったな?」
「素晴らしいのです。はなまるですよ」
どうやら描き終わったようだ。
中庭を覆っていた芝生は魔法陣を描くために炙り焦がされたり、掘り起こされたりしている。
特殊な芝生なようで数日で元に戻るらしい。
「本当に信用していいの?未だに、あのアークデーモンの魔力が人の四倍以上なんて信じられない」
「安心して、ルナさん。マオさんは本当に凄いから」
緊張と警戒でカチカチのルナを宥めるようにシャロが話しかける。
二人はハーブの話くらいしか面識はないようだが、シャロは甲斐甲斐しく彼女の面倒を見ていた。
ルナは寮生活だったようで、一度戻り、食事や水浴びを済ませてきている。
そして、できるだけ綺麗な服を着てくるよう魔王から指示を受けていた。
儀式と清潔さは関係性があるらしい。
治癒という概念は、この世界の宗教的魔術使用から生まれた物らしく、解呪儀式は神聖なものと言われているのだ。
なので、ルナは純白の服で身を包んでいた。
魔王に促され、魔法陣の中央に座るように指示を受ける。
ルナは言う通りにする。
いよいよ始まるのだ。皆緊張しているのだろう、口数が少ない。
「準備は完璧なのですよ、マオちゃん。始めちゃって下さい」
「わかった。それでは解呪を始める」
魔王はそう告げると詠唱を始める。
詠唱後に魔力作用を起こす魔術とは違い、解呪は詠唱中に魔力作用を起こす。
つまり、もうルナの解呪が始まっているのだ。
魔法陣は青白い光を放ち始める。
松明が必要ないほど中庭を明るく照らしている。
サラ先生は「凄い……」と呟く。
普通の人はここまで強い光を放たないのだ。
それは魔王の膨大な魔力を象徴する光なのだ。
「ほう、確かにこれは厄介な呪いじゃ」
「大丈夫か、魔王」
「あぁ、人狼の心の中に幾つもの想りが重なり合っておる」
魔王には珍しく一筋の汗を垂らしている。
それだかコントロールが難しいのだ。
「本当に凄いのですね。解呪中にお話しできる余裕があるなんて」
解呪はかなりの集中力を使う。
こうやって会話をしている魔王を見てサラはただただ感心した。
魔王はゆっくりと四つの想りを剥がしていく。
それは、ルナ、ルナの母、見知らぬ二人の贄となった体重である。
かなり苦戦しているようで時間がかかっている。
サラ曰く、魔力量が四倍必要なのはこの解呪時間の長さのところが一番大きいそうで、魔力のスタミナが問われる瞬間らしい。
魔王も汗は垂らしているが、表情一つ変えずに続けている。
ローランとシャロは手持ち無沙汰であり、その光景を見届けるしかできなかった。
ルナを見る。
中央で座り目を瞑っている。
その純白な服も魔法陣の光を吸収して青白くなっている。
彼女もまた忍耐力を問われていた。
何事も順調に進んでいると思ったその時、魔王の表情が曇った。
何かを見つけてしまったという顔であった。
「サラよ。想りに小さな魔法陣がみえるのだが、これは教本にあったか?」
「魔法陣ですか?いえ、想りにそのような物はなかったはずですよ」
魔法陣?
解呪はイメージの世界であるが、不思議なことにそのイメージは術師みな共通している。
重なり合う想りを剥がしているときに魔法陣を見つけたと魔王は言った。
「どんな魔法陣なのですか?」
「中央に鎌のマークがついておる」
「!?」
それを聞いてサラの顔が大きく変わった。
目を見開き、驚愕していた。
「まさか」と一人つぶやいている。
「いかん、これは罠じゃ」
ルナを中心にバチバチと魔力の火花が散り始めた。
ルナもまた驚いた顔を見せている。
そして、彼女には珍しく恐怖に満ちた顔を見せていた。
そして、そいつは突然現れた。
その大きなローブに身を包んだ銀色の骸骨。
大きな鎌を持ち、己を死に神だとその風貌で訴えてきている。
その全長は大きく、また、鎌はそれ以上に大きかった。
「リーパーのガーディアンなのです……」
「ガーディアン?」
「術者は余程意地の悪い奴じゃ!解こうとすると発動し、解呪者を殺すように仕掛けてあるのだ。これはちと厳しいのう」
魔王とサラ、そしてルナはこの状況の絶望性を理解していた。
そのリーパーのガーディアンの厄介さを。
リーパーはケタケタと不気味な笑いを見せながら、その場にいた者たちに襲いかかった。
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