第20話 20 勇者と人違い
放課後になった。
挨拶をほどほどに済ませ、ローランは急足で温室に向かっていた。
途中、シャロとすれ違うことがあったので、事情を説明する。
「ルナさんかぁ、ローランはまた厄介な人を相手にするんだね」
「ん?どう言うこと?」
「会ってみたら分かるよ」
なんでみんなそんなにぼやかすのか。
しかし、マーリンもクセがあると話していた。
一体どんな人なんだ?
もしかして、無茶苦茶不良なのか?しかし、首席だろ。
「あの人は温室に行くと大体いるからね。本当に植物が好きみたい」
「そういえば、シャロもハーブが好きって言ってもんな」
「覚えててくれたんだ。えへへ、ありがとう」
彼女は照れ笑いを見せながら感謝してくる。
シャロはエルフの村から帰ってきて女性らしい振る舞いをするようになった。
初日こそみな戸惑っていたが、慣れとは怖いもので少しずつだが馴染んでいるようだ。
ハイメは「もしかしてと思ってた」と余り戸惑いはなかった。
「それじゃ、マオさんにはボクから伝えておくよ」
「よろしく頼む」
そう言ってシャロに別れを告げる。
さて、クセがあり厄介なルーガルー。
一体どんな人なのか。
――――
ビニールハウスで出来た温室は治癒科の敷地内にある。
広い中庭の四分の一を埋める大きさで、そのビニールハウスを囲うように庭園まで作られている。
紅茶の大好きなお嬢様がケーキタワーと共にアフタヌーンティーを楽しんでいても違和感のないほど上品な空間が広がっていた。
植物委員は温室の外まで世話しなくてよいらしい。
外の植物は授業で使わないからだそうだ。
春の花を楽しみつつ、広い温室の入り口に入る。
中は湿気が高く蒸し蒸しとしていた。見上げるほど高い天井にまで伸びる木などもあり、その魔法学校の歴史を思い知らされる。
ビニールで透明になっている壁にはいくつも机や椅子が並んでおり、森林浴を楽しみにきた生徒がポツポツと座っていた。
皆、友達と来ており楽しく談笑をしながら持ってきた紅茶を飲んでいる。お嬢様アフタヌーンティーである。
そんな上品な空間の中である机だけ一人で座ってる女性がいることに気が付いた。
それは温室でも一番奥の机だった。
グレーの長い髪の間から覗かせる二つの狼の耳、整った顔であるが、誰も近づけさせないオーラを纏っている。
座っているが背が高いことがよく分かり、とてもスレンダーな印象を受ける。
スポーツなどよく映えそうな身体だ。
恐らく、彼女が噂に聞くルーガルーではないだろうか。
その他にルーガルーと思わしき人はいない。
その子は分厚い本を読んでいる。読書の時間のようだ。
内容はよくわからない。難しい本だ。
「すみません、ルナさんですか?」
ローランは読書をしている彼女に申し訳なさそうに声をかけてみた。
彼女はこちらを見ることなく、ページをめくっている。
聞こえていないのか?
「あのー?すみませーん」
何度か声をかけてみる。するとようやく顔を上げた。
ローランと目が合うと彼女はキョトンとした顔をした。
そして、何か理解したかのような表情を見せた。
「ごめんごめん、読書に没頭しちゃってた。私に何か用?」
「植物委員で来たんですが、あなたはルナさんですか?」
「ルナ?……あぁ、彼女ならもう世話をして帰ったよ」
帰った?放課後になったのはさっきなのだが。
「ルナ君は日頃からこの温室で世話をしているから、今日は簡単に水を撒いて帰ったんだよ。急ぐ用事でもあったのじゃないかな」
成る程、魔王もよく掃除の時に言っている。
日頃からしっかり掃除していれば大掃除など必要ないと。
シャロはルナは大体温室にいると言っていた。
日頃から世話をしているのだろう。
「そうなんですね。今日、初めて会うので緊張してたんですが、会えなくて残念だ。貴女はルーガルーですか?」
「そうだよ、人狼だ。その様子だと初めて見る?」
「はい、なんだか思ってたよりもかっこいいですね」
そのローランの台詞に彼女はにこりと笑う。
「かっこいいなんて初めて言われたよ。ありがとう」
「俺はローランです。名前を聞いてもいいですか?」
「名前?……えーと、ソレイユだ」
その人狼はソレイユと名乗った。
彼女はすぐにでも読書に戻りたそうにしていた。
しかし、ローランは初めてのルーガルーに少々興奮していた。
耳が頭から生えているし、近づいて分かった尻尾も生えている。本当に人と獣が合わさっているのだ。
それでいてソレイユはとても美人であった。
なんというか、この森林に囲まれた空間でよく絵になった。
「あの……、私に何かついてる?」
「あ、いや、珍しくて。すみません」
「謝らなくていいよ。もしかして、少し話したい?」
なんだか疎まれている気がするが、折角の提案なのでローランは頷いた。
「そうだなぁ……。ローラン君は植物は好き?」
「俺は余り。召喚獣が最近、学校の敷地に畑を作ったのをたまに見るくらいです」
「召喚獣……?噂のアークデーモン?」
噂のアークデーモンである。
まさか治癒科の人からそんな呼ばれ方をするとは思っても見なかった。
変わったアークデーモンとはよく言われる。
最近聞いたのは『エプロン悪魔』だ。これは恰好をそのまま言葉にしたような者だが、発案者のアーサーは魔王に拳の制裁を受けていたな。
カリスマ性が無い、減点。とのことらしい。
「そのアークデーモンです」
「あの召喚獣は、確か人語を話せるんだろう?」
「そうですね、この学校の人よりも難しい言葉を使う時がありますね」
そう言うとソレイユはツボに入ったのかニコニコと笑っている。
尻尾もゆさゆさと振っておるところを見ると、とても本心で笑ってくれているようだ。
「それは面白いな。是非話をしてみたい」
「ソレイユさんが家庭菜園に興味があれば話が合うと思うよ」
「そうかー、生憎家庭菜園には興味ないかな。残念だ」
あれ、植物の話を振ってきたのに予想もしていない返答がきたぞとローランは混乱する。
てっきり、家庭菜園も興味があると思っていたのだが空振りに終わった。
「それより、折角今日の仕事が終わっているのに、早く帰った方がいいんじゃない?」
ソレイユは帰りを促してくる。
何というか、人付き合いが鬱陶しいと暗に示しているように感じた。
流石にローランも気づいて、席を立つ。
「すみません、折角の読書の時に」
「こちらこそ。あと、植物委員。面倒だったらサボってもいいんじゃない?」
「え?」
「あの子、植物が好きだし一人でなんとかすると思うよ。
その方がローラン君も時間が作れていいんじゃ無い?」
まぁ、それはそれでありがたいことではあるが、それはルナ抜きで決めることでは無い。
「いえ、それはできない。特に、俺とソレイユさんの間で決めることで無いです。ルナさんの本心を聞くまでは」
「ルナの本心……ね」
その時のソレイユの言葉はとても印象的だった。
何か含みを持っていたからだ。
ただ、ローランはそれに追及することもなく、温室を後にするのだった。
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