第9話 まだ夢を追える

「――――でさ、マーリアちゃんはこの恰好はダサいって言うんだよ? キザ過ぎて気持ち悪いって。ちょっと酷くないって思わない?」


「は、はぁ......」


 地下の最下層から解放されたラストはゼインに案内されるがままに地上を歩いていた。

 その間ゼインはずっと陽気にしゃべっているが、ラストの反応はイマイチである。しかし、それにも理由があった。


 明るい日差しが降り注ぐ外とは対照的に浮かない顔をしているラストにゼインはふと止まって話しかける。


「どうしたのさ暗いじゃん? せっかく解放されたのが。もしかして解放されたのが気になるのかい?」


「......はい」


 ラストがずっと気になっているのは手錠すらされていない今の状況にあった。

 現状ラストの近くにいるのはゼイン一人で誰も半分悪魔となったラストに対して警戒する人がいない。


 まるで警戒する必要がないと言わんばかりの状況だが、悪魔のことを知ってるラストからすればこの状況は異常でしかなかったのだ。


 そんなラストの気持ちをなんとなく察したゼインは相変わらず明るい様子で答えた。


「まぁまぁ、大丈夫だって。まだ魔力の使い方がままならない君だったら悪魔が暴れることもないし、仮に暴れても俺が何とかするから」


「ということは、ゼインさんがなんとかすると分かっているから周りの人は警戒すらしてないんですか?」


「そゆこと。なんせ俺ってそこらの連中よりは強いし」


 そう聞いてラストは少しだけホッとした様子を見せた。

 これならもし悪魔になったとしても人を傷つける心配はないかもしれない、と。


 しかし、それでもラストの顔は依然として暗いままであった。

 それの理由として挙げられたのは自分の立場だ。


「僕はこれからどうなるんでしょうか。さっきは『特魔隊に入るか?』的なことを言われましたけど、僕は半分悪魔になってしまったわけですし」


「まーそれについては後で詳しく話そうと思うけど、現状で言えるのは同じ人間側の戦力として戦った半悪魔の子はいたよ。

 そして君はその人物について心当たりがあるはずだ」


「あ......エストラクトさん」


「そう、リナちゃんね。あの子はその身に悪魔を宿しながらもよくやってくれたよ。

 だからというわけでもないけど、過去にも魔人として戦った人間はいくらでもいる。

 君が初めてじゃないから特に心配することはない」


「そ、それじゃ――――」


 そう言いかけた時、ラスト達の後ろ側から声をかける人物がいた。

 その人物はゼインと一緒にラストの取り調べに来ていたマーリアで、彼女はゼインに何かを伝えるように耳打ちしていく。


 その内容を聞いたゼインは「心配してるだろうし、会わせてあげようか」と言ってマーリアに指示を出した。

 そしてマーリアは耳につけたインカムで更に誰かに伝えていくとその数分後警備隊二人に挟まれて一人の少年がやってくる。


 その少年を見たラストは思わず目を見開いて呟いた。


「グラート......!?」


 グラートは少し遠くにいるラストを捉えると鍛え上げられた太い腕を大きく横に振りながら小走りにやってくる。


 それに対し、ラストはすぐに手を振ろうとしたがその手は途中で止まった。

 自身の立場を思い出したからだ。


 そんなラストの様子に気付かずにグラートは話しかけてくる。


「ラスト、無事だったか! 良かった!」


「あ、うん......エストラクトさんが助けに来てくれたから。だから安心して良いよ」


 ラストの言動はややぎこちなかった。それは自身が半分悪魔になってしまったことに後ろめたさを感じているかもしれない。


 そんなラストの機微を感じ取ったゼインはニヤリと笑うとグラートに告げる。


「こんにちはグラート君。俺はゼインって言うんだけど知ってるかな?」


「ゼイン.......ゼイン!? え、特魔隊最強って呼ばれてるあのゼインさんですか!?」


「いや~~~困っちゃうね。最強なんて言われると。どうも舞い上がっちゃうよ。ね、マーリアちゃん?」


「テンションがキモイので一度死んでくれると助かります」


「わー手厳しー」


 マーリアにすげない返しをされたゼインであったがまるで気にしてないのか笑ってやりすごすと唐突にラストの肩に手を置いてグラートに尋ねた。


「で、突然だけど――――君の友達が悪魔になったって言ったらどう思う?」


「「......え?」」


 二つの戸惑いの声が重なった。一つはグラートのもので、もう一つはラストのものであった。


 ラストは突然のゼインの発言に戸惑いが隠せず、一方のグラートは言葉の意味が理解できていない様子であった。


 そんなグラートにゼインは事の本末はサラっと要約して話していく。

 その間、グラートは真剣な顔で聞いていて、ラストは更に重く後ろめたさを感じたのか顔は真下を向いていた。


 そして全てを聞き終わったグラートの第一声はこうであった。


「良かったなラスト! これで魔力が使えるじゃねぇか!」


「......え?」


 再びラストは動揺する。グラートの喜んでる様子が理解できなかったからだ。

 そんなラストを他所にグラートはしゃべり続ける。


「いや~、前からお前に魔力がないことはもったいないと思ってたんだよ。

 お前に魔力があれば今頃底辺で燻ってないってな。

 しかし、これでお前も魔力が使えるとなれば本格的に特魔隊に――――」


「待って待って! ちょっと待って! グラートは僕は魔人になったことは気にしてないの!?」


 まるで自分のことのように喜んでいるグラートにラストは思わず尋ねた。

 そんなどこか切迫した様子のラストの表情を見て一瞬キョトンとするグラートであったが、すぐに笑みを浮かべて言い返す。


「お前が悪魔になったってのはお前の人助けという信念に従った行動だろ?

 それにお前は“悪魔”じゃなくて“魔人”だ。

 魔人ってことは要は人間の味方なんですよね?」


「ま、その人次第だけど。ラスト君がこちらの味方として動いてくれるなら間違いなく人間の味方だ」


「ってことみたいだ。お前は特魔隊に入りたいって前から言ってたしな。

 つーことはお前は味方で心配することは何もない。ほら、いつもの笑顔はどうしたよ?」


「......グラート」


 ラストは胸の中で強い衝撃を受けたような気がした。そして自分の脆弱な信用を恥じた。

  自分の友達はこんなにも自分のことを信用してるのにどうして自分は信用できなかったのだろう、と。


 またラストの心の中では何かがストンと落ちたような気がした。

 それはもしかしてら自身の進むべき道に対する覚悟が決まったことを示すものかもしれない。


 ラストに自然と笑みが浮かんだ。

 そして俯いていたその顔をゆっくりと上げるとグラートへと目線を合わせて告げる。


「ありがとう、グラート。おかげで僕は今も変わらず夢を追い続けることができる」


「そっか。なら良かった」


 ラストの笑顔にグラートも笑顔で返す。

 二人の間で話が付いたところでゼインは一回手を叩いて注意を引くと告げた。


「んじゃ、ラスト君はこれから特魔隊としての大事な話があるから」


「へぇ~特魔隊......え? 特魔隊!? 入ったんですか!?」


「正確には特魔隊候補生と言えばいいかな。さすがにそこら辺はキッチリしないとね。

 だけど彼の立場も立場だから管理下はこっちで置かれるってわけ。

 それに魔力を扱えるようになって強くなった彼を見たいでしょ?」


「あぁ、見たい!」


 ゼインの問いかけにグラートは力づくで答える。それに対し、ラストは嬉しそうに笑った。


 それからラストがグラートとの面会を終えてやってきたのは漠然と広いドーム型の施設であった。


「ここは簡単に言えば修練場だね。機能に合わせてなんでもできるけど、一先ず魔力の使い方を覚えてもらおうか」

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