第8話 魔人
――――数日前
特魔隊本部研究所区画――――その場所は特魔隊本部がある建物に隣接して建てられた悪魔や魔族などに関する研究やそれらに対抗するための武器を考えたり、製作したりする施設である。
そしてその施設の地下では捕らえられた魔族や悪魔が隔離されており、地下深くに行けばいくほど捕らえた悪魔の危険度が高いとされている。
その最下層である第10階層では多くの白衣を着た研究員がバタバタと忙しなく動いていた。
そんな中で白いハット帽をかぶり、さらに白いスーツに赤いネクタイをした【ゼイン=アルベルト】とその隣に佇む凛とした雰囲気を纏った藍色のロング髪のメガネをした【マーリア=ロマルージュ】はその研究員達の様子を見て感想を述べていく。
「いや~、皆随分と忙しそうにしてるね~」
「それはそうでしょう。なぜならつい数日前に管理下においていた悪魔が逃げ出してしまったのですから」
「ま、逃げ出したってよりはよりよい肉体に移っていったって認識の方が正しいけど」
そう言うとゼインはポケットに手を突っ込みながら正面にあるガラスへと近づいていく。
そのガラスから見えるのは何もない空間の中心にポツンといる椅子に括り付けられた少年の姿であった。
「彼がリナちゃんから悪魔を奪った子かい? どんな凶悪犯かと思ったけど、想像以上に好青年そうじゃん」
「リナに代わって“魔人”になった少年の名はラスト=ルーフォルト。
リナの話からも彼は悪い人ではないようです。ですが気になる点が一つ」
「なになに~?」
陽気な雰囲気を漂わせるゼインはマーリアの持っていた資料を借りるとその内容を読んでいく。
そして何かに興味を惹かれるように「ほぅ」と呟いた。
「“魔力がない”か。しかも体質的に外界の魔素を体内に取り込むこともできない。
つまりは悪魔になって魔力を使えるようになっても、悪魔のように外界の魔素を無限に取り込んで魔法を使うことはできないと」
「はい。なのでどうしてあの二つ名持ちの悪魔がこの少年の肉体を宿り場所として選んだのか不明なんです」
「それは本人に聞いてみればわかるっしょ。ま、憤怒の悪魔が目覚めるかどうかは別の話になるけどね」
「ハァ、全く緊張感の欠片もない。もし悪魔がここで暴走したらどうする気ですか?」
「大丈夫、大ジョーブ。まず負けないから」
「......そうですね」
ゼインのニカッとした笑顔に呆れたため息は絶えないものの、その実力には信用しているのかマーリアは緊張感を抜くように少しだけ脱力していく。
そんな会話をしていると研究員の一人から「目覚めました」と声がかけられたので、ゼインはマイクのスイッチを入れてラストへと話しかけていった。
「さて、寝起きのところ悪いが話をしようか――――憤怒の悪魔君?」
窓ガラス越しに見えるラストは顔をキョロキョロしながら部屋を見渡している。
しかし、ラストからゼイン達の様子は見えないようになっているので、現状ラストは誰に話しかけられているかわかっていない。
ゼインは研究員に「猿ぐつわを外してあげて」と指示すると再び話しかけていく。
「ごめんごめん、猿ぐつわを先に外すの忘れてたよ。気分は悪くない?」
「悪くはないですが......ここはどこですか? それにこの拘束は?」
「それは万が一のための拘束と行った所かな。
それとこの場所は特魔隊の研究所施設。主に悪魔関連の研究をしているところさ」
「悪魔......」
「何か覚えがあるんじゃないかい?」
ゼインがそう声をかけていくとラストは少しだけ記憶に没入するように顔を俯かせた。
そしてその時の記憶を思い出したのかふと呟いていく。
「あの時、僕は悪魔に体を乗っ取られたはず......けど、今はなんともない?」
「それは君が適正者に選ばれたからだ」
「適正者......? そういえば、そんなことをエストラクトさんも言ってたような」
「なら、君は“魔人”って言葉は聞いたことがあるかい? 中等部に通っていたなら一応学んでるはずだ」
「魔人」――――それは悪魔及び魔族が共存して存在している人間のことを指す。
一般的に悪魔及び魔族は現世に留まる肉体を得る時は一般人の魂を食らって肉体を器とすることで世界に存在している。
簡単に言えば体を乗っ取っているのだ。
しかし、「魔人」というのは何らかの形で悪魔の体の乗っ取りを防ぎ、人間の魂を持ちながら同時に悪魔の魂を持つという特異的な立場になった人間のことである。
簡単に言えば半人半悪魔といった感じだ。
その場合、主導権は人間が得ながら悪魔の力も同時に行使できるという強力な存在となれるが、完全に悪魔であるわけではないので驚異的な回復力はあるものの、腕を失えば再生することは出来ず首を斬られても死ぬ。
ラストはゼインからの言葉に「はい、知っています」と答えるとそれを聞いたゼインは話を続けた。
「魔人ってのはそう簡単になれるものじゃない。
悪魔の持つ欲と宿主となる人間の欲が一致した場合じゃなければ起こりえない。
そしてその欲が一致して尚且つ悪魔に体を乗っ取られなかった存在を俺達は“魔人”と呼んでいる」
「それじゃあ、エストラクトさんももとはその魔人ってことだったんですか?」
「あぁ、そういうことになるね。リナちゃんに宿っていたのは憤怒の悪魔。
七つの大罪悪魔としても知られ最強悪魔の一人だ。
そんな悪魔に体を乗っ取られずにこれまで暮らしてこれたリナちゃんは女の子にこういうのも失礼だが、正直化け物といえる。
だが、それを超える化け物が現れた――――それが君だ」
「僕が......化け物?」
そう言われてもラストはイマイチ反応に困っていた。
それはラスト自身が自分の立場を良く分かっていたからだ。
リナの場合は中等部でも学年一位と実力を持ちながら、さらには悪魔の力をも宿しているならばそれは化け物といえるだろう。
だが、ラストは対照的に人間としてのスペックは底辺に近い。
にもかかわらず、ゼインはラストを化け物と呼んだのでそのことがラストには理解できていない部分なのだ。
そんなラストの反応をなんとなく察しながらもゼインは話を続けた。
「ま、中等部で教えられる悪魔や魔族の実態っていうのは当然言葉だけだから実感が伴わないのはよくわかる。
だが、今の君の状態というのは俺達にとっては最大級にヤバい状態なんだよ。それが今の君の拘束状態になるってわけ」
「具体的にどう......恐ろしいんですか?」
「一言で言うと、いつ君が憤怒の悪魔として目覚めてもおかしくないってこと。
リナちゃんの場合は適正者であったけど憤怒の悪魔の力を存分に引き出せるほどの力はなかった。せいぜい体の一部を悪魔化させるぐらい」
ゼインはそう言うと次に人差し指をこめかみ辺りに当てて軽くトントンと動かしていく。
「しかし、君は違う。君もリナちゃんと同じように一部悪魔化したが、問題なのは一時的にでも憤怒の悪魔を覚醒させたことにある。
それは憤怒の悪魔と結びつきが強い......つまりは適正者として高いということだけど、それは同時にいつ憤怒の悪魔に体を乗っ取られてもおかしくないってことになるんだ」
「な、なるほど......それじゃあ、僕はこれからどうなるんですか?」
この質問はラストにとって当然の質問であった。
ラストはリナを助けるために悪魔になったが別に悪魔になりたかったわけではない。
しかし、こうまでして悪魔が宿ったことに対して危険視されているのなら、ラストの辿り着く先は死しかなくなってしまう。
ラストは叶えたい夢がある。特魔隊に入って多くの人を助けられる人間になること。
それは多くの人にとってのごく一般的な願いでもあるが、魔力がないラストにとってはもはや天に手を伸ばしているかのような切なる願いであるのだ。
故に、こんな所で死にたくはなかった。
もしチャンスがあるのならそれにしがみついて、必ず生きて切なる願いを叶えたいのだ。
そんなラストの気持ちを知ってか知らずかゼインは「そうだね......」と呟くとゼインは何かを閃いたようにラストへと提案する。
「それじゃあ、特魔隊に入っちゃおう!」
「......え?」
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