第四十話「空中散歩」

 俺は剣先同士が3mほど離れた所から中段に構える。

 本当はもっと近間に行きたいのだがノアの間合いがどれほどか分からない以上、徐々に近づいていくしかない。


 ノアは不動で構えているのに対して、俺は左足のかかとを上下させながらリズムを取り始めた。

 経験上、俺がリズムを取ると相手は何かしらの動きを見せるのだがノアは全く動かない。



 仕方が無いので、俺はノアの足元に注意しながら剣先同士が50㎝ほどになるまで時間をかけて近づく。

 しかし、ノアは不動で構えたままだ。


 ここまで近づいてまったく動かないとなると、俺がなにかアクションを起こすまで待っているのかもしれない。



「ふぅー――」

「……スッ」


 俺は大きく息を吐きながらじりじりとノアに近づいて剣先同士が30㎝ほどになったところで息を鋭く吸い込むと、呼吸から一拍ずらし、先程よりも遠間から剣先を少し降ろしながら思いっきり前に飛び出す。


 するとノアは先程の事を警戒してなのか、剣先を少し上げながら一歩下がった。



 しかし、それは俺の読み通りだ。



 俺はすかさず自分の剣先をノアの剣先と同じ軌道で素早く上げると、ノアはつられるように剣先を高く上げた。

 ここで俺の両足がついたので、俺は体さばきで身体を反時計回りに捻る。


 経験上、相手はここで正面に打ってくるか、そのまま打突を受けるかの半強制二択になるので前者の対策のためだ。

 しかし、ノアは後者を取ったので関係はない。


 俺は上がったノアの左肘から上腕に沿って左脇をめがけて木刀を振り下ろす。


 ノアが反応できている様子はない。

 きまった!



 これはかつて俺が剣道の試合中、相手を痛めつけるためだけに行っていた技。

 仲間内に使うのは一応禁止にされていた。


 防具の隙間を狙い、最も無警戒で無防備な箇所に一撃をいれ、それを受けたものは地獄の痛みを味わうという、いたってシンプルな技だ。


 四階から飛び降りるという恐怖を俺に与えたノアに対してバチを当てるのに、この技は実にふさわしい。

 ノアなら肋骨程度なら折れても平気だろう。



 バシッ


 通常なら肋骨の絶妙なクッション感が腕に響くのだが、なぜかビタッっと俺の木刀が止まる。


 ふと気づくと、いつの間にかにノアが俺の木刀の刀身をがっしりと右手で握っていた。


 俺は咄嗟に重心を低くしながら木刀を引き抜こうとしたがびくとも動かない。



 カランッ


 ノアの足元から何かが聞こえたので目線を落とすと、ノアが持っていた木剣が落ちている。

 それを確認した時、突然、俺の首が絞めつけられた。


 慌ててノアの顔を見ると先程までの威圧感のある顔とは打って変わり、せせら笑いを浮かべている。


 そして後襟を引っ張られて振り回されたかと思えば、次の瞬間、俺は空を飛んでいた。



 ……あぁ、いい景色だ。


 町を歩いていて見えなかった町の全貌が見える。


 思っていたより、この町ってかなり広いんだな。



 空中で1秒ほど止まると、重力加速度を感じながら落ちていく。


 そこで俺の意識は途絶えた。

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