第十一話「都市伝説」

「お譲ちゃーん、古い住民票は持ってきてるかなー?」


 受付のおっさんはケイに不快な笑顔で近づく。


 ケイは恥ずかしがっているのかビビッているのか、何も答えない。


「……はい、もってます!」


 俺はケイに変わって返事をする。


 慌てて答えたため、少し大きな声が出てしまって恥ずかしい。


「それじゃあー出してくださーい」


 俺はケイのリュックを開け、住民票を取り出す。

 ファイルを引き抜く瞬間、ドーナツの甘い香りがふわっと漂い少し目がくらんだ。


「では預かりますねー」

「お兄さんはこちらの書類を書いといてくださーい」


 そう言うと、受付のおっさんは席から離れた。


 書類の内容は、先程レゼンタックで書いたものより簡単なもので、日付、名前、年齢、そして前世での職業などだった。

 俺は入学式に行く途中で死んでしまったので職業は何とも言えないが、大学一年生と書いておいた。



「……アレン」


 突然ケイが俺の裾を引っ張りながら俺の名前を呼ぶ。


「どうした?」


 手元から脇に目線を移すと、ケイはもじもじしていた。


「トイレ行きたい」


 先程から妙に静かだと思っていたら、トイレを我慢していたようだ。


「俺は場所分からないからコビーに聞いてごらん」


 ケイはうなずくと、椅子から飛び降りてコビーの所へ小走りで向かった。



「ふむ……」


 それにしても、ケイはトイレに行くのか……


 俺はこの世界にきてから一度もトイレをしていない。

 きっと甦人が特別なのだろう。


 でもこの身体は案外気に入ってる。

 汗もかかなければトイレもしなくていいなんて最高だ。



「すみませーん」

「おまたせしましたー」

「そしたらこちらの書類は預かるので次はこちらに記入をお願いしまーす」


 おっさんはもう一枚の紙を渡してきた。

 内容は先程とまったく同じだ。


「ちなみにアレンさんって本名ですか?それともこちらにきてから決めましたー?」


 俺がよそ見をしながら紙を記入していると、おっさんが急に話しかけてきた。


 ……勝手に決めたのはなにか不味かったか?


「……こっちにきてから決めました」


 俺は目線を書類に戻し、手を止めずに小声で答える。


「そうでしたかー」

「ちなみに本名って覚えてますかー?」


 おっさんは顔を近づけて聞いてくる。


「覚えてないです」


 早くケイに戻ってきてほしい。

 いないよりはましだ。


「それはラッキーでしたねー!」


 顔をあげると満面の笑みを浮かべたおっさんの顔があった。


「……なんでですか?」


 俺はケイとコビーがいなくなった方向をチラチラ見ながら聞く。


「いやねー、前世の名前を覚えたままこちらの世界に来ると、早死にするっていう噂というか、そんな都市伝説があるんですよー」

「それではこちらも預かりますねー」


 おっさんは俺の手元にあった紙を素早く取って再び席を離れる。



 俺は椅子を浅く座り直し、ケイが戻るのを静かに待つ。


 まったくなんなんだ、あのおっさんは……

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