第五話「強行」

「うぅ……う……」


 ケイの顔が固まったと同時に、目からボロボロと涙があふれだした。


「あぁ、ちょっとまって」

「泣かないで」


 俺の全力の優しい声で説得する作戦は杞憂に終わったようだ。


 何を言っても自分が焦るだけで、ケイの涙は止まらない。



「はぁ……」


 俺は諦めて、水を一口飲み、ケイの涙が止まるまで待った。



「……なんで」


 ケイが目を擦りながら口を開く。


「泣かないで最後まで聞いてくれる?」


 ケイは首を大きく横に振った。


「はぁ……」

「さっきも言った通り、ケイは学校に行くべきだと思う」


 ケイは顔を机に伏せて隠したが、俺は無視して続ける。


「それは別にケイの事が嫌いだからってわけじゃない」

「俺はこの世界にきてからまだ一週間しか経ってないから知らない事も多い」

「その状態でケイの面倒を見ながら暮らすことは正直、難しい」

「それよりかは学校の寮で暮らした方がケイは良いと思う」


 これは建前だ。


「面倒なんか見なくていいもん」


 ケイが泣き声交じりに反論する。


「でもケイはまだ子供だ」


「子供じゃないもん」


 ケイは譲ろうとしない。


「はぁ……」


 俺は右手で目を覆いながらため息をつく


「まだ途中だからとりあえず最後まで聞いて」


 ケイは机に伏せたまま動かなかったが俺は続けた。


「学校に行けって言っても今すぐ行けとは言わない」

「ケイが学校に行きたくないのも分かってる」

「……だから1年間は一緒にこの町で暮らそう」

「それで来年になったら学校に行く」

「それでいい?」


 俺はなるべく簡潔に早口で、ケイに口を挟む隙を与えずに伝えた。


「やだ」


「なにが嫌なの?」


「ずっと一緒がいい」


 ケイは一年間ということが嫌なようだ。


「それは出来ない」


 先週まで家でゴロゴロしていた奴にいきなり知らない土地で子供の世話を頼まれても出来るはずがない。


「……」


 ケイは黙ってしまった。


「……分かってくれよ」


 俺も泣きそうになってきた。


「……」


 ケイは固まっている。



「はぁ……それが嫌なら今すぐに学校に連れていく」


 俺は使いたくなかった切り札を出す。


「……わかった」


 ケイは小声で返事をすると、顔をあげた。

 その顔は鼻水まみれになっている。


「ごめん」


 俺は卓上に置いてある紙ナプキンをケイに渡しながら謝った。


 ケイは首を振りながら鼻をかむ。



「……残りも食べな」


 俺はそう言うと端に寄せておいた皿を自分とケイの目の前にスライドさせ、自分の分のパストラミサンドを食べ始めた。


「……うん」


 ケイも残りのパストラミサンドを食べ始める。



 チラッとキッチンの方を見るとおじさんが不安そうな顔でこちらを見ていたので、俺は笑顔で軽く会釈をした。

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