悩める受験生

今月いっぱいで部活も引退だ。あとは受験へ一直線となる。

私たち美術部の三年生は最後の作品に取り掛かっていた。


「どう?順調に進んでる?」


山本くんが声を掛けてきた。


「うん、いい感じだよ。あ、そうだ、私、山本くんに聞きたいことがあったんだ」


「えっ、俺に?」


山本くんは少し緊張した面持ちだ。


「うん、みんなで高尾山行った時に、北アルプスで絵を描きたいって言ってたでしょ。詳しく聞いてみたいなぁと思ったの」


「なーんだ、そんなことか。山を歩いてるとさ、とんでもなく美しい景色に出くわすことがあるんだ。光や影、岩、山稜、雨、風、『うわぁ、すげー』って思いながら写真を撮るんだけど、後から見てみると全然表現されてなくてさ。だったらいっそのこと自分で納得できるまで、その場の空気感が伝わるような絵を描いてみたいなって思ってるんだ」


山と絵を語るときの山本くんて、いつもよりいきいきして見える。


「ふーん、そうなんだ……やっぱり自分で見たものを描きたいんだね」


「どしたの、急に?」


「うん、いや、ね、私も絵を描くのが大好きだからさ。進路のこととかでいろいろと悩みがあるわけなのですよ。受験生は辛いよね」


と、苦笑いをしてみせた。


「力になれるかどうかはわからないけど、相談ならいつでも乗るから気軽に声かけてね」


「うん、ありがとう」


「あ、もし絵を続けたいのなら望月先生に話してみたら? 望やん先生は教師になるまでにいろいろ経験してるらしいから、いいアドバイスをくれるかもよ」


「へぇ、そうなんだ。ありがとう。聞いてみるね」


望やん先生こと望月先生は我が校の美術教師。でも何故かテニス部の顧問をしている。

ボサボサの長髪と無精ひげで、いかにも美術家という風体だが、テニス部のときは頭にバンダナを巻き華麗なラケット捌きを見せるという謎に包まれた先生だ。



早速、翌日の選択美術の授業のあとに先生に声をかけた。


「なるほど。安彦ちゃんはもっと絵を描きたいというわけだ」


望やん先生は生徒のことを苗字にちゃん付けで呼んでいる。


「だったらどこかの大学に進学して美術系のサークルとかでいいんじゃない?」


「はい、以前はそんなふうに考えていました。でも、やるなら思い切ってやってみたいなって……。自分で感じたものを描けるようになりたいって思うようになったんです」


「安彦ちゃんの作品ちょっと見せてごらん」


用意してきたいくつかの絵を手渡すと、先生は急に眼光が鋭くなり、右手の親指と人差し指で顎をいじりながら無言で見続けていた。

そして見終わると、「フーッ」と大きく息を吐き、私の目を見て話し始めた。


「安彦ちゃん、二年、いや三年、ガッツリ絵の勉強する気ある?」

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